ではないの」と云う風に云うのでした。「だってそんな馬鹿気た悪戯に、自分の家《うち》を追い出されたりして、世間の笑い物になったりしてはいられないではないか、――」私はこう答えました。「えい、それもそうですね。でもとにかく寝室にいらっしゃいよ。朝になってからよくお話が出来るじゃありませんか」彼の女は更にこう云うのでした。
しかし彼の女はこう云うと共に、彼の女の白い顔は、それは月光の中としても、あまりに白いと思われるように、蒼白になって来て、手を私の肩にしっかりとかけました。その時に物置小屋の蔭の中に、何か動いているのに目が止まりました。何かいっそう黒い影が、その蔭の角《すみ》のところを這いまわって、戸口の前に跼《うずく》まったのでした。私はやにわに、ピストルを持って飛び出そうとすると、妻は両腕でしっかりと私を抱き止めて、顫《ふる》えるような力で押えるのでした。私は妻を振り放そうとしましたが、彼の女は全く必死でした。私はやっと振り払って、外に出てその物置へ行った時は、もうその姿は見えませんでした。しかしたしかにその者は来た形跡はあって、扉《と》の上には例の舞踏人姿の画《え》がかかれてありました。それは以前に二度かかれたものと同じものですが、その写しはこれです。それから私は周囲を残る隈なく探しましたが、もうその他には何の痕跡もありませんでした。しかしそれから更に驚いたことには、その者はその後も現われたらしく、翌朝になって私は、例の扉《と》の上を見ましたら、私が前夜見ておいたものの下に、更に新らしいのが画かれてありました」
「その新らしいのも写し取りましたか?」
「えい、とても短いものですが、これです」
彼は更に新らしい紙片を取り出した。その新らしい舞踏人姿は次のようなものであった。
[#図4入る]
「いや、ちょっと――」
ホームズは云った。彼は非常に気乗りがして来たらしかった。
「これは最初ののに、ただ附けたしに画かれてありましたか、それとも全く別のものに離して画かれてありましたか?」
「これは扉《と》の別の鏡板《かがみいた》にかかれてありました」
「素敵だ! これは我々にとっては、最も重要なものだ。これではなはだ有望になった。さてヒルトン・キューピットさん、とても面白いですが、その先を云って下さい」
「ホームズさん、もう何も云うことはないのですが、――ただ私は、その夜妻が、私が悪漢をつかまえるために、飛び出るのを引き止めたことについて怒りました。そうすると妻は、私が怪我をしてはいけないと思ったからと云いわけするのでした。しばしの間は私に、妻はその者の何者であるかを知っていて、またその変な相図もわかっていて、彼の女の案じているのは、私ではなく、向うの者の怪我であると云うことが、閃きましたが、しかしまたよく考え直してみると、ホームズさん、彼の女の声の調子にも、また目の色にも、この疑念をかき消させるものがありました。それで私はやはり、彼の女が本当に心配したのは、私自身の身であったのだと考えるのです。これでもう話は終りました、が、さてどうすればよろしいのか、これに対する方法を教えていただきたいのですが。――まあ私の考えとしては、百姓の若者共を五六人も待ち伏せさせておいて、その者が出て来た時に、したたか打ちのめして、以後私共に近寄れないようにしようかとも思っていますが、――」
「いや、そんな簡単なことで、収《おさま》りのつくことではないでしょう」
ホームズは云った。
「一たいあなたはどのくらい、ロンドンに滞在することが出来ますか?」
「私は今日中には、帰宅しなければなりません。私はどんなことがあっても、妻を一人で夜を暮させることは出来ません。彼の女はもう非常に神経質になっていて、どうしても僕に帰宅するようにと云うのです」
「いや、それは御もっともです。しかしもしあなたが、滞在しておられるなら、一両日中にはあなたと一緒に出かけることが出来ると思いますが、――とにかく、この紙は置いて行って下さい。私はごく最近にお訪ねして、この事件に対しては、多少の吉報を齎《もたら》すことが出来ると思いますから、――」
シャーロック・ホームズは、この訪客が立ち去るまでは、いかにもその職業的な、冷静を保っていたが、しかし彼の容子を見なれている私には、彼は内面では、ひどく昂奮《こうふん》しているに相違なかった。ヒルトン・キューピットの広い脊中が、扉《ドア》の外に見えなくなるや否や、彼は机の上に走り寄って例の舞踏人画の紙を取り出して並べて、とても大変なこみ入った計算を始めた。
二時間ばかりの間、――彼は何枚も何枚も、数字と文字を書いては、その仕事に没頭した。全く私がその室《へや》にいるのさえも忘れて、一生懸命に続けた。ある時は多少に仕事が進むもののように、口
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