は遥に離れた処に生活している人に相違ないと思われた。彼が室《へや》の中に入って来た時に、どこか強健なきびきびしたような、東海岸独特の香《におい》が、ただよって来るようであった。彼は我々二人と握手を交わして、さて腰かけようとした時に、私が見て机の上に置いてあった、不思議な記号のようなものに目を止めた。
「ああホームズさん、――これをどう云う風にお考えになりましたか?」
 彼は叫んだ。
「あなたは大変、奇妙な神秘的なことをお好きでいらっしゃるそうですが、しかしこれはまた一段と、奇妙不可思議なものでしょう。私はあなたが、私が来る前に研究しておかれるようにと思って、前もってお送りしたわけです」
「これはたしかに奇妙なものですな」
 ホームズは云った。
「ちょっと見れば、子供の悪戯画《いたずらがき》のようにも思われるし、また、紙の上を踊りながらゆく、でたらめな小さな姿の、絵のようでもありますね。一たいこんな変な、得体の知れないものに、どうしてそんな勿体振った意味をつけようと仰有るのですか?」
「いや、私は決してそう云うつもりではないのですが、ただ私の妻が大変なのです。実は妻が全く気絶するほど、これに驚かされたのです。彼の女は何にも云いませんが、しかし私はその目の中に、非常な驚怖《きょうふ》を見て取りました。それでそれを穿鑿《せんさく》してみたいと思ったわけです」
 ホームズは紙片を取り上げて、太陽の光線をその上に直射せしめた。その紙片は、ノートブックから離し取ったもので、鉛筆で次のような象形《かたち》が画かれてあった。
[#図1入る]
 ホームズはしばらくの間、それを検《しら》べていたが、やがて、叮嚀《ていねい》に折りたたんで、自分の手帳の間にはさんだ。
「これはとても面白い、稀有の事件かもしれない」
 彼は云った。
「ヒルトン・キューピットさん、あなたはお手紙の中《うち》では、二三具体的なことを書かれてありましたが、しかしこの友人のワトソン博士のために、もう一度一通りお話し下さいませんか」
「どうも私は説明は拙劣《まず》いのですが、――」
 我等の訪客は、その大きな強い手を、組んだり放したり、もじもじさせながら、神経質に語り出した。
「いずれお解りにならないところは、そちらの方からお訊ね下さい、――私は去年、結婚した時のことから申しますが、まずその前にお耳に入れておきたいこ
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