分の友だちのことも考える。君はそう云うことの出来る人間だろう。君は彼の運命を握っているんだ。そうして彼は、君をここから引っぱり出すと云うことを、神様に誓っているんだ」
これが彼の話し振りだった。始めのうち私は、それを無意味なものだと思っていた。がしかし、しばらくたって彼が私をためしてみ、そうして出来るだけ厳粛に私に誓ったとき、私はこの船の支配権を得ようとしている企《くわだて》のあることを知らされた。十二人の罪人達は彼等が船に乗り込む前に、ひそかにそれを企ていたのであった。プレンダーガストはその発起人であった。そして彼のお金が、それを引き起こした原動力なのだった。
「俺は一人の仲間を持っているんだ」
 と彼は云った。
「その男は珍らしい真面目な男で、充分まいてあるゼンマイのように正確な男なんだ。その男が謀《はかりごと》をめぐらしているんだが、君はこの瞬間、その男がどこにいると思うかね?――その男と云うのは、外《ほか》でもない、この船の牧師さ。――牧師、その人なんだよ。奴は黒い僧服をまとって、堂々とこの船に乗りこんだ。奴はポケットの中に、この船の大帆柱から竜骨まで、すべて何から何まで買い占められるだけの充分なお金を持ってるんだ。それから水夫達はみんな奴の五体や精神なんだ。奴は水夫達を、成功謝礼附きの莫大な現金で買収しちまったのさ。それからまた二人の番兵も、二等運転手のマーサーも手なずけられてる仲間なんだ。だから奴は、なりたいと思えば船長になれるんだ」
「それで私たちは何をしたらいいんですか?」
 私はきいた。
「何をしようと君は思うね?」
 彼は云った。
「この船に乗ってる兵隊の服を、服屋がこしらえたより、もっと真赤に染めてやろうじゃねえか」
「だが、あいつ等は武装してますよ」
 私は云った。
「それなら俺たちも武装するまでさ。君。――俺たち仲間のめいめいにピストルが二挺ずつ[#「ずつ」は底本では「つず」]ちゃんと用意してあるんだ。だからよ、その上、俺たちの後だてにそれだけの仲間があって、この船を俺たちのものに出来ねえようなら、みんな尼さんの学校へでもいっちまうといいんだ。――君は今夜、君の左側の隣の奴に話してくれねえか。そして其奴《そやつ》が信用のおける奴かどうか見といてくれ」
 私は云われる通りにした。私の隣のその男と云うのは、私と同じような運命で、偽書罪に問われた若い男であった。彼の名前はエヴァンスであった。がしかし後になって私と同じように変名した。そうして彼は今では南部イギリスで、金満家になっている。――無論彼は喜んでその共謀に加わった。私たちが私たち自身を救う方法はただそれ一つだったのだから。こうして私たちは海峡を越えないうちに、ほとんど全部は結束してしまって、ただ二人だけその陰謀に加わらないものがあっただけだった。そのうちの一人は意志の弱い男で、到底私たちがその男を信用することが出来なかったのだし、もう一人の男は黄疸を病んでいて、私たちの役に立たなかったのであった。
かくして最初から、その船の乗っとり策は、何一つ支障を来たすことはなかった。水夫たちは、その仕事のために特別に選抜されて来たような無頼漢の一群《ひとむれ》である。そして偽牧師は、武器を一ぱいつめてあるらしい黒い袋を持っては、私たちをはげましにやって来た。それは三日目には、もう私たちの全部が、寝台の下に、ヤスリ一挺と、ピストル二挺と、火薬一ポンドと、十二発の弾丸とをかくすことが出来たほど、ちょくちょくやって来てくれた。それからまた二人の番兵はプレンダーガストの支配人で、二等運転手は彼の片腕になって働いている人間なのだった。だから私達の敵は、船長と二人の運転手と二人の番兵と、マルチン中尉とその十八人の部下の兵士とそれから医者と、それだけで全部であった。しかしそれでもなお、まだ安全を期するため、予備行為を怠りなくして、そして夜中に不意に襲うつもりでいた。けれども、私たちが予定していたより早く、その時は、こんな風にして実現されてしまった。
それは私たちが出発してからちょうど三週間目のある夜のことであったが、病気になった一人の囚人を診察に来た医者が、その囚人の寝台の中に手を入れて、ふとピストルの形に手をふれたのであった。でももし彼がだまっていたなら、おそらくすべての事を被《おお》ってしまうことが出来たに相違なかった。けれど彼は神経質なおっちょこちょいだったもので、キャッと云うと真蒼になってしまったので、すぐ何事が起ったかを感づいて、その医者を捕えてしまったのだ。そうして彼が大声をあげないさきに猿轡《さるぐつわ》をはめて、寝台の下にしばりつけてしまった。医者はデッキへ通じるドアを鍵をかけないでおいたので、私たちはそこを通って躍り出した。たちまち二人の歩哨兵は射殺された。
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