この秘密を嗅ぎつけたようなことを云った時、私がひどく呼吸《いき》づまらせられた理由が分かるだろう。私はアーミテージと云う名でロンドンの銀行に這入っている時、国法を犯して罪せられ、流刑を云い渡されたことがあるのだ。可愛いいお前よ、私を余りひどい奴だと思わないでおくれ。それはいわゆる、私が支払わなければならない信用借金の問題だったのだ。私は私自身のものでないお金を使ったのだけれど、私は確かにそれを見つかる前に返しておけるはずだったから、それがなくなったなどと怪まれるようなことはないつもりだったのだ。ところが、実に恐ろしい不幸が私を見舞ったのだ。私の使ったお金は回収出来なかった。そして会計検査の結果、私の使い込んだ不足額は暴露されてしまった。がしかし事件は寛大に討議されたのだったけれど、今から三十年前の法律は、今日より遥かに惨刻《ざんこく》なもので、私は廿三《にじゅうさん》才の誕生日の日、重罪犯人として捕縛され、他の三十七人の罪人と一しょにグロリア・スコット号にのせられてオーストラリア[#「オーストラリア」は底本では「オーストリア」]に送られることになったのだ。
それはクリミヤ戦争が最高頂に達した年のことで、古くから使っていた罪人船は、黒海で運送船として使用されていたのであった。で、政府ではそのため、それらの罪人を送るには余り適当でない、小さな船を使わなくてはならなかったのだ。そのグロリア・スコット号と云うのは、支那茶の取引きに使われていた船だったのだけれど、古い型で船足がのろくて、広い船梁を使用した船だったので、新しい速い船が、彼女をその仕事から追い出してしまったものであった。それは五百|噸《とん》の船で廿六人の水夫、十八人の兵士、一人の船長、三人の助手、医者が一人、牧師が一人、それから番兵が四人、――つまりつごう百人ばかりのものが、ファルマウスから出帆した時、その船に乗っていたのだと云う話だった。
罪人の入っている部屋と部屋との間のしきりは、普通罪人船で使われている様な、厚い樫の木の代りに、薄いもろい物だった。わたしの後側の部屋にいる男を、私は埠頭に引き出された時に、はっきり見ることが出来た。その男は、すべすべした顔の、鼻の細長い、そうして胡桃割《くるみわ》りの様な口をした若い男であった。彼は愉快げにそり返って意気揚々として歩いていた。そうして背が非常に高かったので、あたりの人より頭だけが突き出ていた。私は、私達の誰もが、彼の肩まであろうとは思えなかった。彼は慥《たし》かに六|呎《フィート》半より短かいことはなさそうだった。たくさんの悲しそうな、弱々しい顔の間に、そんな精力と決心に満ちた顔を見て不思議な気がした。私にはそれが吹雪の夜に、灯《ひ》を見出した時の様に思われた。私は彼が私の隣に来ていると云うことを、見つけた時、うれしかった。そうして更にうれしかったことは、真夜中に私の耳近くにささやきの声をきき、そうして私達の間を隔ててあった板に穴を彼があけたことを見つけたときであった。
「おい、君。君はなんと云うんだい? どうしてここへ来たんだい?」
 と、彼は云った。
 私は彼に話した。そうして反対に彼が誰であるかを聞いた。
「おれは、ジャック・プレンダーガストだ」
 と彼は云った。
「たぶん、君は前におれの名前をきいていただろう」
私は彼の事件をきいてしっていた。何故《なにゆえ》なら、私が収監される少し前に、その事件は国内に大きなセンセイションを起こしたものだった。彼は財産のある、よい家庭に人となった男であった。しかも放埒な性質のため、巧《たくみ》な詐欺手段で有名なロンドンの商人から、莫大なお金を取ったのだった。
「よしよし。君は俺の事件をしっているな?」
 彼は自慢そうに云った。
「ええよく知っていますよ」
「じゃア、君はその事件で何か不思議なことのあったのを、覚えているだろう」
「さあ、何でしたっけね?」
「俺は二十五万両ばかり取ったんだ」
「そんな話でしたね」
「しかしちっとも、取戻されなかったんだぜ。え?」
「知りませんでした」
「そうだろう。君はそれはどこにあると思う」
 と、彼は云った。
「わかりませんね」
 と私は答えた。
「ちゃんと俺れの手の中にあるのさ」
 と彼は叫けんだ。
「俺は、君が君の頭の上に持っているものよりも、もっとたくさんのお金を持っていて、それの使い方と、撒き方とを知っているなら、君はどんなことでも出来るよ。とすれば、どんなことでも出来る人間が、支那の海岸を廻って歩く、こわれかかった、古ぼけた、ねずみや船虫の棲家になっているこの厭な臭いのする船の中に、とじ込められて辛棒《しんぼう》しているなんてことが、考えられるかい。――無論考えられないさ。そう云う人間は自分自身のことも、考えるだろうし、それから自
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