れてからずっと海浜に育って来たのではあるが、それまでは海の近くにいたことが一度もなかったような気がした。タールや潮《しお》の香も何か物珍しいものだった。私は、いずれも遠く大洋を渡って来た、実に珍奇な船首像を見た。また、耳に環を嵌《は》め、頬髯をくるくるとちぢらせ、タールまみれの弁髪を下げて、肩で風を切りながら、不恰好《ぶかっこう》な水夫歩きをやっている、老練な水夫たちをたくさん見た。たといそれだけの人数の王様や大僧正を見たにしたところで、私はそれ以上に喜びはしなかったろう。
 そして私自身も航海に出ようとしているのだ。呼子を吹いて号令する水夫長や、弁髪を垂れて船唄を歌う海員たちと一緒に、スクーナー船に乗って航海に出ようとしているのだ。まだ知らない島へ向けて、埋められた宝を捜しに、航海に出ようとしているのだ!
 私がなおもこういう喜ばしい夢想に耽っている間に、私たちは不意に或る大きな宿屋の前へ出て、大地主のトゥリローニーさんに出会った。大地主さんは、丈夫な青い服を着用して、すっかり船の士官のように着飾り、顔をにこにこさせながら、水夫の歩き方を素敵にうまく真似て、戸口から出て来るところだった。
「やあ、やって来たな。」と彼は叫んだ。「先生も昨夜《ゆうべ》ロンドンから来られたよ。万歳! これで船の乗組員がすっかり揃ったぞ!」
「おお、そうですか。」と私は叫んだ。「でいつ出帆するんですか?」
「出帆か!」と彼は言った。「うむ、明日《あす》出帆するんだ!」

     第八章 「遠眼鏡《スパイグラース》屋」の店で

 私が朝食をすませると、大地主さんが「遠眼鏡《スパイグラース》屋」の店のジョン・シルヴァーに宛てた手紙を一通私に渡して、波止場に沿うて、大きな真鍮の望遠鏡を看板にした小さな居酒屋をよく気をつけて行けば、訳なくそこが見つかる、と言ってくれた。私は、船や水夫をもっと見られる機会が出来たのに大喜びで、出かけてゆき、ちょうど波止場が今が一番忙しい時だったので、人や車や荷物がひどく込合っている間を拾い歩きし、やがてその居酒屋を見つけた。
 それはなかなか立派な小ぢんまりした酒場だった。看板は近頃塗り換えたもので、窓には瀟洒な赤いカーテンが掛っており、床《ゆか》には綺麗に砂が撒いてあった。両側に街路があり、どちら側にも開け放した扉《ドア》があったので、その天井の低い大きな室は
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