ストルを私に渡してくれ、また帰りに追いかけられた場合の用意に、馬にちゃんと鞍をつけておこうと約束してくれただけだった。一方、一人の若者が、武装した援助の人を探しに、医師の許へ馬を走らせることになった。
 私たち二人がその寒い晩この危険な冒険に出かけた時には、私の胸はひどくどきどきと動悸うった。ちょうど満月が昇り始めていて、霧の上の方の縁《へり》を通して赤くほのかに現れた。このために私たちはますます急いだ。という訳は、これでは、再び出て来る前に、すっかり昼のように明るくなっていて、家から私たちの出るのが見張っている者どもに見つけられてしまうことは、明かだったからである。私たちは音を立てずに速く生垣に沿うて走って行った。また、私たちの恐怖の念を増すものは何一つ見もしなければ聞きもしなかった。そしてとうとう「ベンボー提督屋」へ着いて、入口の扉《ドア》を背後にぴたりと閉めると、まったくほっとした。
 私がすぐさま閂《かんぬき》をさし、私たちは、船長の死体のある家の中にただ二人きりで、暗闇《くらやみ》の中でちょっとの間はあはあ喘ぎながら立っていた。それから母が帳場から蝋燭を取って来て、私たちは互に手を取り合いながら、談話室へ入って行った。船長は私たちの出て来た時のまま、仰向になって、眼を開いて、片腕を伸ばしながら、横っていた。
「鎧戸を下《おろ》して、ジムや。」と母が小声で言った。「あいつらが来て外から覗くかも知れないから。それからね、」と、私が鎧戸を下してしまうと、母が言った。「あれ[#「あれ」に傍点]から鍵を取らなきゃならないんだがね。あんなものに触《さわ》るなんてねえ!」そう言いながら母はしゃくり泣きのようなことをした。
 私はすぐさましゃがんで膝をついた。船長の手の近くの床《ゆか》の上に、片面を黒く塗った、小さな丸い紙片《かみきれ》があった。これがあの黒丸[#「黒丸」に傍点]であることは疑えなかった。取り上げて見ると、裏面に、頗る上手な明瞭な手跡で、こういう簡短な文句が書いてあった。「今夜十時まで待ってやる。」
「十時までなんだって、お母さん。」と私は言った。ちょうどそう言った時、家《うち》の古い掛時計が鳴り出した。この不意の音で私たちはぎょっとして跳び上った。けれども、これはよい知らせだった。というのは、まだ六時だったから。
「さあ、ジムや、あの鍵だよ。」と母が言っ
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