暴性とを、十分に考えてみたことがなかった。けれども、私が罰せられたのは、そういう性格によってであったのだ。私の悪魔は久しく閉じこめられていたのだが、それが唸りながら出てきた。私は、その薬を飲んだ時でさえ、これまでよりも一そう放縦な一そう猛烈な、悪をなそうとしていることを意識した。私の不幸な被害者のていねいな言葉を聞いていた時にあの激しいいらだたしさを私の心の中に起こさせたのは、きっと、それであったに違いない。神さまの前でも、私は少なくとも次のことはちゃんと言い切れる。道徳的に健全な人間ならあんなちょっとしたことに腹を立ててああいう罪を犯すはずがないと。また、私は病気の子供が玩具を壊すと同じくらいの理性のない気持でなぐったのだと。しかし、人間の中の最悪の者でさえもそれによっていろいろの誘惑の中をある程度しっかりして歩み続けるところの、あの平衡を保つ本能をすべて、私は自分から捨てていたのである。それで私の場合には、どんなにちょっとにせよ誘惑されることは、それに負けることなのであった。
 たちまち地獄の悪霊が私のうちに目ざめて荒れくるった。歓びに有頂天になりながら、私はあの抵抗もしない体をさんざんに殴りつけ、殴るたびに喜びを味わった。そして疲れて来はじめるとようやく、その無我夢中の発作の最中に、突然ひやりと恐怖の戦慄に胸を打たれた。霧がはれた。私は自分が死罪になることを知った。そして、悪の欲望がみたされ、刺激され、生の愛着がぎりぎりまでおびやかされたので、歓ぶと同時に恐れおののきながら、その暴行の場所から逃げ出した。私はソホーの家に駆けつけ、念に念を入れるために、自分の書類を焼きすてた。それから外へ出て、街灯に照らされている街々を、やはり二つに分裂した無我夢中の心もちで通ってゆき、自分の犯した罪を小気味よく思い、これから先の別の罪をいろいろと気軽に企みながらも、また一方では絶えず足をはやめ復讐者の足音が聞こえはしないかと自分のうしろに絶えず耳を澄ましていた。ハイドはあの薬を調合しながら歌を口ずさみ、それを飲む時にはかの死者のために乾盃した。引き裂くような変身の苦痛がまだ終らぬうちに、ヘンリー・ジーキルは、感謝と悔恨との涙を流しながら、ひざまずいて神に向って指を組合わせた手を挙げていた。放縦のヴェールは頭から足の先まで引きさかれ、私は自分の全生涯を見た。父の手に引かれて歩い
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