前様《めえさま》、五位鷺《ごゐさぎ》の船頭《せんどう》ぢや……狸《たぬき》の拵《こさ》へた泥船《どろぶね》より、まだ/\危《あぶな》いのは知《し》れた事《こと》を。」

         五

 目《め》が覚《さ》めた、と言《い》ふでもなしに、少時《しばらく》すると、青年《わかもの》の瞳《ひとみ》は稍《やゝ》定《さだ》まつた。
「何《なに》、心配《しんぱい》には及《およ》ばん、船《ふね》に居《ゐ》たのは活《い》きた人間《にんげん》では無《な》いのだから。」
 木樵躰《きこりてい》の件《くだん》の老爺《ぢゞい》は、没怪《もつけ》な顔《かほ》して、
「や、活《い》きた人間《にんげん》で無《な》うて何《なん》でがす……死骸《しがい》かね、お前様《めえさま》。」
「死骸《しがい》は酷《ひど》い。……勿論《もちろん》、魔物《まもの》に突返《つゝかへ》されて、火葬《くわさう》に成《な》つた奴《やつ》だから、死骸《しがい》も同然《どうぜん》なものだらう。ものだらうが、私《わたし》の気《き》ぢや死骸《しがい》ではなかつた。生命《いのち》のある、価値《ねうち》のある、活《い》きたものゝ積《つも》りだつた
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