ろぎぬ》を、船《ふね》の火《ひ》に向《むか》つて颯《さつ》と投《な》げる、と水《みづ》へは落《お》ちたが、其処《そこ》には届《とゞ》かず、朱《しゆ》を流《なが》したやうに火《ひ》の影《かげ》を宿《やど》す萍《うきくさ》に漂《たゞよ》ふて、袖《そで》を煽《あふ》り、裳《もすそ》を開《ひら》いて、悶《もだ》へ苦《くる》しむが如《ごと》くに見《み》えつゝ、本尊《ほんぞん》たる女《をんな》の像《ざう》は、此《こ》の時《とき》早《はや》く黒煙《くろけむり》に包《つゝ》まれて、大《おほき》な朱鷺《とき》の形《かたち》した一団《いちだん》の燃《も》え立《た》つ火《ひ》が、一羽《いちは》倒《さかさま》に映《うつ》つて、水底《みなぞこ》に斉《ひと》しく宿《やど》る。舷《ふなばた》にも炎《ほのほ》が搦《から》んだ。
「えゝ! 飛込《とびこ》めい、水《みづ》は浅《あさ》い。」
と此《こ》の時《とき》濠端《ほりばた》へ駆《かけ》つけたは、もつぺと称《とな》へる裁着《たつゝけ》やうの股引《もゝひき》を穿《は》いた六十《むそじ》余《あま》りの背高《せたか》い老爺《おやぢ》で、腰《こし》から下《した》は、身躰《から
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