《さぐ》つた、烏帽子《えぼうし》を丁《チヨン》と冠《かぶ》つて、更《あらた》めてづゝと出《で》た。
美女《たをやめ》は密《そ》と鬢《びん》を圧《おさ》へた。
声《こゑ》も出《だ》せぬ雪枝《ゆきえ》に代《かは》つて、老爺《ぢい》が始終《しゞう》を物語《ものがた》つた……
坊主《ばうず》は、時々《とき/″\》眼《まなこ》を開《ひら》いて、聞澄《きゝすま》す美女《たをやめ》の横顔《よこがほ》を窺《うかゞ》ひ見《み》る。
「お姫様《ひめさま》、」
と語《かた》り果《は》てゝ老爺《ぢい》が呼《よ》んで、
「お助《たす》けを遣《つか》はされ、さあ、少《わか》い人《ひと》、願《ねが》へ。」
「姫様《ひいさま》、」
と雪枝《ゆきえ》は、窶《やつ》れに窶《やつ》れた人間《にんげん》の顔《かほ》して見上《みあ》げた。
「上※[#「藹」の「言」に代えて「月」、第3水準1−91−26]《じやうらう》どの、」と坊主《ばうず》も言足《いひた》す。
美女《たをやめ》は引合《ひきあ》はせた袖《そで》を開《ひら》いた。而《そ》して、
「天守《てんしゆ》のお使者《つかひ》、天守《てんしゆ》のお使者《つかひ》。」
と二声《ふたこゑ》呼《よ》ばるゝ。
「やあ、拙僧《わし》が事《こと》か、」と、間《ま》を措《お》いて坊主《ばうず》が答《こた》へた。
「あの、其《そ》の指《ゆび》をお指《さ》しになれば、天守《てんしゆ》の方《かた》の、お心《こゝろ》が通《つう》じますかえ。」
「如何《いか》にも。」と片手《かたて》を握《にぎ》つて、片手《かたて》を其《そ》の蒼《あを》い頬《ほゝ》げたに並《なら》べて、横《よこ》に開《ひら》いて応《おう》じたのである。
「双六《すごろく》を打《う》つて賭《か》けませう。私《わたし》は其《そ》の他《ほか》の事《こと》は何《なん》にも知《し》らねば……而《そ》して、私《わたし》が負《ま》けましたら、其切《それきり》仕方《しかた》がありません。もし、あの、私《わたし》が勝《かち》となれば、此《こ》のお方《かた》の其《そ》の奥様《おくさま》を、恙《つゝが》なう、お戻《もど》しになりますやうに……お約束《やくそく》が出来《でき》ませうか。」
と物優《ものやさ》しいが力《ちから》ある声《こゑ》して聞《き》く。
坊主《ばうず》は言下《ごんか》に空《くう》を指《さ》した。
「天守《てんしゆ》に於《おい》ては、予《かね》て貴女《あなた》と双六《すごろく》を打《う》つて慰《なぐさ》みたいが、御承知《ごしようち》なければ、致《いたし》やうも無《な》かつた折《をり》から……丁《ちやう》ど僥倖《さいはひ》、いや固《もと》より、固《もと》より望《のぞ》み申《まを》す処《ところ》……とある!」
四十四
美女《たをやめ》は世《よ》にも嬉《うれ》しげに……早《は》や頼《たの》まれて人《ひと》を救《すく》ふ、善根《ぜんこん》功徳《くどく》を仕遂《しと》げた如《ごと》く微笑《ほゝゑ》みながら、左右《さいう》に、雪枝《ゆきえ》と老爺《ぢい》とを艶麗《あでやか》に見《み》て、清《すゞ》しい瞳《ひとみ》を目配《めくば》せした。
「そんなら、私《わたし》が勝《か》ちましたら、奥様《おくさま》をお返《かへ》しなさいますね。」
「御念《ごねん》に及《およ》ばぬ、城《じやう》ヶ|沼《ぬま》の底《そこ》に湧《わ》く……霊泉《れいせん》に浴《ゆあみ》させて、傷《きづ》もなく疲労《つかれ》もなく苦悩《くなう》もなく、健《すこや》かにしてお返《かへ》し申《まを》す。」
美女《たをやめ》は、十二《じふに》の数《かず》の、黄《き》と紫《むらさき》を、両方《りやうはう》へ、颯《さつ》と分《わ》けて、
「天守《てんしゆ》のお方《かた》。どちらの駒《こま》を……」
「赫耀《かくやく》として日《ひ》に輝《かゞや》く、黄金《わうごん》の花《はな》は勝色《かちいろ》、鼓草《たんぽゝ》を私《わし》が方《はう》へ。」
と痩《や》せた頬《ほゝ》げたの膨《ふく》らむまで、坊主《ばうず》は浮色《うきいろ》に成《な》つて笑《ゑみ》を含《ふく》んで、駒《こま》を二《ふた》つづゝ六行《ろくぎやう》に。
同《おな》じく二《ふた》つづゝ六行《ろくぎやう》に……紫《むらさき》の格子《かうし》に並《なら》べた。
「紫《むらさき》は朱《あけ》を奪《うば》ふ、お姫様《ひめさま》菫《すみれ》の花《はな》が、勝負事《しようぶごと》には勝色《かちいろ》ぢや。」
と老爺《ぢい》は盤面《ばんめん》を差覗《さしのぞ》いて、坊主《ばうず》を流盻《しりめ》に勇《いさ》んだ顔色《かほつき》。
これに苦笑《にがわら》ひ為《し》て口《くち》を結《むす》んだ、坊主《ばうず》は心急《こゝろせ》く様子《やうす》が見《み》えて、
「
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