《づ》を合《あ》はせたやうな柳条《しま》があり、虹《にじ》を削《けづ》つて画《ゑが》いた上《うへ》を、ほんのりと霞《かすみ》が彩《いろど》る。
背後《うしろ》を囲《かこ》つた、若草《わかくさ》の薄紫《うすむらさき》の山懐《やまふところ》に、黄金《こがね》の網《あみ》を颯《さつ》と投《な》げた、日《ひ》の光《ひかり》は赫耀《かくやく》として輝《かゞや》くが、人《ひと》の目《め》を射《ゐ》るほどではなく、太陽《たいやう》は時《とき》に、幽《かすか》に遠《とほ》き連山《れんざん》の雪《ゆき》を被《かつ》いだ白蓮《びやくれん》の蕋《しべ》の如《ごと》くに見《み》えた。……次第《しだい》に近《ちか》く此処《こゝ》に迫《せま》る山《やま》と山《やま》、峯《みね》と峯《みね》との中《なか》を繋《つな》いで蒼空《あをぞら》を縫《ぬ》ふ白《しろ》い糸《いと》の、遠《とほ》きは雲《くも》、やがて霞《かすみ》、目前《まのあたり》なるは陽炎《かげらふ》である。
陽炎《かげらふ》は、爾《しか》く、村里《むらざと》町家《まちや》に見《み》る、怪《あや》しき蜘蛛《くも》の囲《ゐ》の乱《みだ》れた、幻影《まぼろし》のやうなものでは無《な》く、恰《あだか》も練絹《ねりぎぬ》を解《と》いたやうで、蝶《てふ/\》のふわ/\と吐《つ》く呼吸《いき》が、其《その》羽《はね》なりに飜々《ひら/\》と拡《ひろ》がる風情《ふぜい》で、然《しか》も皆《みな》美《うつく》しい女《をんな》の姿《すがた》を象《かたど》る。其《そ》の或《ある》ものは裳《もすそ》黄《き》に、或《ある》ものは袖《そで》紫《むらさき》に……
紫《むらさき》なるは菫《すみれ》の影《かげ》で、黄《き》なるは鼓草《たんぽゝ》の花《はな》の映《うつ》り添《そ》ふ色《いろ》であつた。
巌《いは》のあたりは、此《こ》の二種《ふたいろ》の花《はな》、咲《さ》き埋《うづ》むばかり満《み》ちて居《ゐ》る……其等《それら》色《いろ》ある陽炎《かげらふ》の、いづれ手《て》にも留《と》まらぬ女《をんな》の風情《ふぜい》した中《なか》に、唯《たゞ》一人《いちにん》濃《こまや》かに雪《ゆき》を束《つか》ねたやうな美女《たをやめ》があつて、巌《いは》の彼方《かなた》に恰《あだか》も卓《つくえ》に向《むか》つて立《た》つ状《さま》して彳《たゝず》んだ。
雪枝《ゆきえ》は其《そ》の美女《たをやめ》を前《まへ》に盤石《ばんじやく》を隔《へだ》てゝ蹲《うづくま》つたのである……
双六巌《すごろくいは》の、其《そ》の虹《にじ》の如《ごと》き格目《こまめ》は、美女《たをやめ》の帯《おび》のあたりをスーツと引《ひ》いて、其処《そこ》へも紫《むらさき》が射《さ》し、黄《き》が映《うつ》る……雲《くも》は、霞《かすみ》は、陽炎《かげらふ》は、遠近《をちこち》に尽《こと/″\》く此《こ》の美女《たをやめ》を形《かたち》づくるために、濃《こ》くも薄《うす》くも懸《かゝ》るらし。其《そ》の形《かたち》の厳《おごそか》なるは、白銀《しろがね》の鎧《よろひ》して彼《かれ》を守護《しゆご》する勇士《いうし》の如《ごと》く、其《そ》の姿《すがた》の優《やさ》しいのは、姫《ひめ》に斉眉《かしづ》く侍女《じぢよ》かと見《み》える。
美女《たをやめ》の背後《うしろ》に当《あた》る……其《そ》の山懐《やまふところ》に、唯《たゞ》一本《ひともと》、古歌《こか》の風情《ふぜい》の桜花《さくらばな》、浅黄《あさぎ》にも黒染《すみぞめ》にも白妙《しろたへ》にも咲《さ》かないで、一重《ひとへ》に颯《さつ》と薄紅《うすくれなゐ》。
色《いろ》が美女《たをやめ》の瞼《まぶた》にさし、影《かげ》が美女《たをやめ》の衣《きぬ》を通《とほ》す……
雪枝《ゆきえ》が路《みち》を分《わ》け、巌《いは》を伝《つた》ひ、流《ながれ》を渉《わた》り、梢《こずゑ》を攀《よ》ぢ、桂《かつら》を這《は》つて、此処《こゝ》に辿《たど》り着《つ》いた山蔭《やまかげ》に、はじめて見《み》たのは此《こ》の桜《さくら》で。……
一行《いつかう》は、渠《かれ》と、老爺《おやぢ》と、別《べつ》に一人《ひとり》、背《せ》の高《たか》い、色《いろ》の蒼《あを》い坊主《ばうず》であつた。
是《これ》より前《さき》、雪枝《ゆきえ》は城趾《しろあと》の濠端《ほりばた》で、老爺《ぢい》と並《なら》んで、殆《ほとん》ど小学生《せうがくせい》の態度《たいど》を以《もつ》て、熱心《ねつしん》に魚《うを》の形《かたち》を刻《きざ》みながら、同時《どうじ》に製作《せいさく》しはじめた老爺《ぢい》の手振《てぶり》を見《み》るべく……密《そつ》と傍見《わきみ》して、フト其《そ》の目《め》を外《そ》らした時《とき》、天守《てんし
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