うざう》に製《つく》り上《あ》げた……城《しろ》の俘虜《とりこ》を模型《もけい》と為《し》た彫像《てうざう》が、一団《いちだん》の雪《ゆき》の如《ごと》く、沼縁《ぬまべり》にすらりと立《た》つ。手《て》を伸《の》べよ、と思《おも》へば伸《の》べ、乳《ちゝ》を蔽《おほ》へと思《おも》へば蔽《おほ》ひ、髪《かみ》を乱《みだ》せと思《おも》へば乱《みだ》れ、結《むす》べよ、と思《おも》へば結《むす》ばる――さて、衣《きぬ》を着《き》せやうと思《おも》へば着《き》る。
 作《さく》の出来栄《できばえ》を予想《よさう》して、放《はな》つ薫《かほり》、閃《ひら》めく光《ひかり》の如《ごと》く眼前《がんぜん》に露《あら》はれた此《こ》の彫像《てうざう》の幻影《げんえい》は、悪魔《あくま》が手《て》に、帯《おび》を奪《うば》はうとして、成《な》らず、衣《きぬ》を解《と》かうとして、得《え》ず、縛《いまし》められても悩《なや》まず、鞭《むちう》つても痛《いた》まず、恐《おそ》らく火《ひ》にも焼《や》けず、水《みづ》にも溺《おぼ》れまい。
 見《み》よ/\、同《おな》じ幻《まぼろし》ながら、此《こ》の影《かげ》は出家《しゆつけ》の口《くち》より伝《つた》へられたやうな、倒《さかさま》に梁《うつばり》に釣《つる》される、繊弱《かよは》い可哀《あはれ》なものでは無《な》い。真直《まつすぐ》に、正《たゞ》しく、美《うるは》しく立《た》つ。あゝ、玉《たま》の如《ごと》き肩《かた》に、柳《やなぎ》の如《ごと》き黒髪《くろかみ》よ、白百合《しろゆり》の如《ごと》き胸《むね》よ、と恍惚《くわうこつ》と我《われ》を忘《わす》れて、偉大《ゐだい》なる力《ちから》は、我《わ》が手《て》に作《つく》らるべき此《こ》の佳作《かさく》を得《え》むが為《た》め、良匠《りようしやう》の精力《せいりよく》をして短《みじか》き時間《じかん》に尽《つく》さしむべく、然《しか》も其《そ》の労力《らうりよく》に仕払《しはら》ふべき、報酬《はうしう》の量《りやう》の莫大《ばくだい》なるに苦《くるし》んで、生命《いのち》にも代《か》へて最惜《いとをし》む恋人《こひびと》を仮《かり》に奪《うば》ふて、交換《かうくわん》すべき条件《でうけん》に充《あ》つる人質《ひとじち》と為《し》たに相違《さうゐ》ない。
 卑怯《ひけう》なる哉《かな》、土地祇《とちのかみ》、……実《まこと》に雪枝《ゆきえ》が製作《せいさく》の美人《びじん》を求《もと》めば、礼《れい》を厚《あつ》くして来《きた》り請《こ》はずや。もし其《そ》の代価《だいか》に苦《くるし》むとならば、玉《たま》を捧《さゝ》げよ、能《あた》はずんば鉱石《くわうせき》を捧《さゝ》げよ、能《あた》はずんば巌《いはほ》を欠《か》いて来《きた》り捧《さゝ》げよ。一枝《ひとえだ》の桂《かつら》を折《を》れ、一輪《いちりん》の花《はな》を摘《つ》め。奚《なん》ぞみだりに妻《つま》に仇《あだ》して、我《われ》をして避《さ》くるに処《ところ》なく、辞《じ》するに其《そ》の術《すべ》なからしむる。……汝等《なんじら》、此処《こゝ》に、立処《たちどころ》に作品《さくひん》の影《かげ》の顕《あら》はれたる此《こ》の幻《まぼろし》の姿《すがた》に対《たい》して、其《そ》の礼《れい》無《な》きを恥《は》ぢざるや……
 と背後《うしろ》から視《なが》めて意気《いき》昂《あが》つて、腕《うで》を拱《こまぬ》いて、虚空《こくう》を睨《にら》んだ。腰《こし》には、暗夜《あんや》を切《き》つて、直《たゞ》ちに木像《もくざう》の美女《たをやめ》とすべき、一口《ひとふり》の宝刀《ほうたう》を佩《お》びたる如《ごと》く、其《そ》の威力《ゐりよく》に脚《あし》を踏《ふ》んで、胸《むね》を反《そ》らした。
「本気《ほんき》の沙汰《さた》ではない、世《よ》にあるまじき呵責《かしやく》の苦痛《くつう》を受《う》けて居《ゐ》る、女房《にようばう》の音信《おとづれ》を聞《き》いて、赫《くわつ》と成《な》つて気《き》が違《ちが》つたんです。」
 我《われ》と我《わ》が想像《さうざう》に酔《よ》つて、見惚《みと》れた玉《たま》の膚《はだえ》の背《せなか》を透《とほ》して、坊主《ばうず》の黒《くろ》い法衣《ころも》が映《うつ》る、と水《みづ》の中《なか》に天守《てんしゆ》の梁《うつばり》に釣下《つりさ》げられた、其《そ》の姿《すがた》を獣《けもの》の襲《おそ》ふ、其《そ》の俤《おもかげ》を歴然《あり/\》と見《み》た。無惨《むざん》の状《さま》に、ふつと掻消《かきけ》した如《ごと》く美《うるは》しいものは消《き》えた。
『呼《よ》ぶわ、呼《よ》ぶわ。』
と云《い》つた坊主《ばうず》の声《こゑ》。
『おゝい
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