言葉《ことば》あらそひを興《きよう》がつて、
『何《なに》二世《にせ》なぞがあるものか、魂《たましひ》は滅《ほろ》びないでも、死《し》ねば夫婦《ふうふ》はわかれわかれだ。』
とはぐらかすと、褄《つま》を引合《ひきあ》はせながら、起直《おきなほ》つて、
『私《わたし》は此《こ》の世《よ》ばかりでは厭《いや》です。』
とツンとした。
『それでは二人《ふたり》で、一世《いつせ》か、二世《にせ》か賭《かけ》をしやう。』
苟《いやし》くも未来《みらい》の有無《うむ》を賭博《かけもの》にするのである。相撲取草《すまうとりぐさ》の首《くび》つ引《ぴき》なぞでは其《そ》の神聖《しんせい》を損《そこな》ふこと夥《おびたゞ》しい。聞《き》けば此《こ》の山奥《やまおく》に天然《てんねん》の双六盤《すごろくばん》がある。其《そ》の仙境《せんきやう》で局《きよく》を囲《かこ》まう。
で、其《そ》の勝敗《しようはい》を紀念《きねん》として、一先《ひとま》づ、今度《こんど》の蜜月《みつゞき》の旅《たび》を切上《きりあ》げやう。けれども双六盤《すごろくばん》は、唯《たゞ》土地《とち》の伝説《でんせつ》であらうも知《し》れぬ。実際《じつさい》なら奇蹟《きせき》であるから、念《ねん》のためと、こゝで、其《そ》の翌日《よくじつ》旅店《りよてん》の主人《あるじ》に聞《き》いたのが、……件《くだん》の青石《あをいし》に薄紫《うすむらさき》の筋《すぢ》の入《はい》つた、恰《あたか》も二人《ふたり》が敷《し》いた座蒲団《ざぶとん》に肖《に》て居《ゐ》ると言《い》ふ其《それ》であつた。
『案内者《あんないしや》でも雇《やと》へやうか。』
亭主《ていしゆ》が飛《とん》でもない顔色《かほつき》で、二人《ふたり》を視《なが》めたも道理《だうり》。
十二
双六《すごろく》は確《たしか》にあり。天工《てんこう》の奇蹟《きせき》の故《ゆゑ》に、四五六《しごろく》また双六谷《すごろくだに》と其処《そこ》を称《とな》へ、温泉《をんせん》も世《よ》の聞《き》こえに、双六《すごろく》の名《な》を負《お》はするが、谷《たに》を究《きは》めて、盤石《ばんじやく》を見《み》たものは昔《むかし》から誰《だれ》も無《な》い。――土地《とち》の名所《めいしよ》とは言《い》ひながら、なか/\以《もつ》て、案内者《あん
前へ
次へ
全142ページ中33ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング