が。私《わたくし》の身躰《からだ》が一《ひと》つ、胴廻《どうまは》りを為《す》ると、肩《かた》から倒《さかさま》に婦《をんな》が落《お》ちた。裙《すそ》が未《ま》だ此《こ》の肱《ひぢ》に懸《かゝ》つて、橋《はし》に成《な》つて床《ゆか》に着《つ》く、仰向《あふむ》けの白《しろ》い咽喉《のど》を、小刀《ナイフ》でざつくりと、さあ、斬《き》りましたか、突《つ》いたんですか。
『きやつ、』と言《い》つて、私《わたくし》は鉄砲玉《てつぱうだま》のやうに飛出《とびだ》したが、廊下《らうか》の壁《かべ》に額《ひたひ》を打《ぶ》つて、ばつたり倒《たふ》れた。……気《き》の弱《よわ》い母《はゝ》もひきつけて了《しま》つたさうです。
 母《はゝ》は、父《ちゝ》が、其《そ》の木像《もくざう》の胴《どう》を挫折《ひしを》つた――其《それ》が又《また》脆《もろ》く折《を》れた――のを突然《いきなり》頭《あたま》から暖炉《ストーブ》へ突込《つゝこ》んだのを見《み》たが、折口《をれくち》に偶《ふ》と目《め》が着《つ》くと、内臓《ないざう》がすつかり刻込《きざみこ》んであつた。まるで生《しやう》のものを見《み》るやうに腸《はらわた》も長《なが》く、青《あを》い火《ひ》が其《それ》に搦《から》んだので、余《あまり》の事《こと》に気絶《きぜつ》したんだ、と後《のち》に言《い》ひます。
 父《ちゝ》は年《とし》経《た》つて亡《な》くなるまで、其時《そのとき》の事《こと》に就《つ》いては一言《いちごん》も何《なん》にも言《い》はない。最《もつと》も当坐《たうざ》二月《ふたつき》ばかりは、何《ど》うかすると一室《ひとま》に籠《こも》つて、誰《たれ》にも口《くち》を利《き》かないで、考事《かんがへごと》をして居《ゐ》たさうですが、別《べつ》に仔細《しさい》は無《な》かつたんです。
 但《たゞし》其時《そのとき》から、両親《りやうしん》は私《わたくし》を男《をとこ》にしました。其《それ》まで、三人《さんにん》も出来《でき》た児《こ》が皆《みんな》育《そだ》たなかつたので、私《わたくし》を女《をんな》にして置《お》いたんです。名《な》も雪枝《ゆきえ》と言《い》ふ女《をんな》のやうな。
 其《そ》の名《な》を直《す》ぐに号《がう》にして、今《いま》、こんな家業《かげふ》を為《す》るやうに成《な》つたのも、小児《こ
前へ 次へ
全142ページ中28ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング