《はづ》すと、柔《やはら》かな肩《かた》が下《さが》つて、二《に》の腕《うで》がふらりと垂《た》れる。双《さう》の玉《たま》の乳房《ちぶさ》にも、糸一条《いとひとすぢ》の綾《あや》も残《のこ》さず、小脇《こわき》に抱《いだ》くや、此《こ》の彫刻家《てうこくか》の半身《はんしん》は、霞《かすみ》のまゝに山椿《やまつばき》の炎《ほのほ》が※[#「火+發」、75−4]《ぱつ》と搦《から》んだ風情《ふぜい》。
 其《そ》の下襲《したがさ》ねの緋鹿子《ひがのこ》に、足手《あして》の雪《ゆき》が照映《てりは》えて、女《をんな》の膚《はだえ》は朝桜《あさざくら》、白雲《しらくも》の裏《うら》越《こ》す日《ひ》の影《かげ》、血《ち》も通《かよ》ふ、と見《み》る内《うち》に、男《をとこ》の顔《かほ》は蒼《あを》く成《な》つた。――女《をんな》の像《ざう》の片腕《かたうで》が、肱《ひぢ》の処《ところ》から、切《き》れ目《め》赤《あか》う、さゝら立《だ》つて折《を》られて居《ゐ》た。
「わツ、」と叫《さけ》んで、其《そ》の咽喉《のど》を掴《つか》んだまゝ、投《な》げ附《つ》けやうとして振挙《ふりあ》げた手《て》の、筋《すぢ》が釣《つ》つて棒《ぼう》の如《ごと》くに衝《つ》と挙《あ》げると、女《をんな》の像《ざう》は鶴《つる》のやうに、ちら/\と髪《かみ》黒《くろ》く、青年《わかもの》の肩越《かたごし》に翼《つばさ》を乱《みだ》して飜《ひるがへ》つた。
 が、其《そ》のまゝには振飛《ふりと》ばさず。濠《ほり》を越《こ》して遥《はる》かな石垣《いしがき》の只中《たゞなか》へも叩《たゝ》きつけさうだつた勢《いきほひ》も失《う》せて――猶予《ためら》ふ状《さま》して……ト下《した》を見《み》る足許《あしもと》を、然《さ》まで下《くだ》らず、此方《こなた》は低《ひく》い濠《ほり》の岸《きし》の、すぐ灰色《はいいろ》の水《みづ》に成《な》る、角組《つのぐ》んだ蘆《あし》の上《うへ》へ、引上《ひきあ》げたか、浮《うか》べたか、水《みづ》のじと/\とある縁《へり》にかけて、小船《こぶね》が一艘《いつそう》、底《そこ》つた形《かたち》は、処《ところ》がら名《な》も知《し》れぬ大《おほい》なる魚《うを》の、がくり、と歯《は》を噛《か》んだ白髑髏《しやれかうべ》のやうなのがある。

         四

 
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