う》の行衛《ゆくゑ》を捜《さが》すのに、火《ひ》の中《なか》だつて厭《いと》ひは為《し》ない。づか/\踏込《ふみこ》まうとすると、
『あゝ、深《ふか》いぞ、誰《たれ》ぢや、水《みづ》へ……』
と其時《そのとき》、暗《くら》がりから、しやがれた声《こゑ》を掛《か》けて、私《わたし》を呼留《よびと》めたものがあります。
暗《やみ》に透《す》かすと、背《せ》の高《たか》い大《おほき》な坊主《ばうず》が居《ゐ》て、地《ち》から三尺《さんじやく》ばかり高《たか》い処《ところ》、宙《ちう》で胡座《あぐら》掻《か》いたも道理《だうり》、汀《みぎは》へ足代《あじろ》を組《く》んで板《いた》を渡《わた》した上《うへ》に構込《かまへこ》んで、有《あ》らう事《こと》か、出家《しゆつけ》の癖《くせ》に、……水《みづ》の中《なか》へは広《ひろ》い四手網《よつであみ》が沈《しづ》めてある。」
老爺《ぢゞい》は眉毛《まゆげ》をひくつかせた。
「はての。」
城《じやう》ヶ|沼《ぬま》
十九
「其《そ》の入道《にふだう》の、のそ/\と身動《みうご》きするのが、暗夜《やみ》の中《なか》に、雲《くも》の裾《すそ》が低《ひく》く舞下《まひさが》つて、水《みづ》にびつしより浸染《にじ》んだやうに、ぼうと水気《すゐき》が立《た》つので、朦朧《もうろう》として見《み》えた。
『沼《ぬま》ぢや、気《き》を着《つ》けやれ』と打切《ぶつき》つたやうに言《い》ひます。
『沼《ぬま》でも海《うみ》でも、女房《にようばう》が居《ゐ》れば入《はい》らずに置《お》けない。』
苛々《いら/\》するから、此方《こつち》はふてくされで突掛《つゝかゝ》る。
と入道《にふだう》が耳《みゝ》を貫《つらぬ》いて、骨髄《こつずゐ》に徹《とほ》る事《こと》を、一言《ひとこと》。
『はゝあ、此処《こゝ》なは、御身《おみ》が内儀《ないぎ》か、』
と言《い》ふ。
『此処《こゝ》なは……私《わたし》の……女房《にようばう》だと? ……』
『おゝ、私《わし》が今《いま》出逢《であ》ふた、水底《みなぞこ》から仰向《あふむ》けに顔《かほ》を出《だ》いた婦人《をんな》の事《こと》ぢや。』
『や、溺《おぼ》れて死《し》んだか。』
とばつたり膝《ひざ》を支《つ》く、と入道《にふだう》は足代《あじろ》の上《うへ》から
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