いはれなさで、眠気《ねむけ》がさしたでもあるまいが、うと/\する様子《やうす》で、疵《きず》の痛《いた》みがなくなつて気《き》が遠《とほ》くなつてひたと附《くツ》ついて居《ゐ》る婦人《をんな》の身体《からだ》で、私《わし》は花《はな》びらの中《なか》へ包《つゝ》まれたやうな工合《ぐあひ》。
 山家《やまが》の者《もの》には肖合《にあ》はぬ、都《みやこ》にも希《まれ》な器量《きりやう》はいふに及《およ》ばぬが弱々《よわ/\》しさうな風采《ふう》ぢや、背《せなか》を流《なが》す内《うち》にもはツ/\と内証《ないしよう》で呼吸《いき》がはづむから、最《も》う断《ことは》らう/\と思《おも》ひながら、例《れい》の恍惚《うつとり》で、気《き》はつきながら洗《あら》はした。
 其上《そのうへ》、山《やま》の気《き》か、女《をんな》の香《にほひ》か、ほんのりと佳《い》い薫《かほり》がする、私《わし》は背後《うしろ》でつく息《いき》ぢやらうと思《おも》つた。」
 上人《しやうにん》は一寸《ちよいと》句切《くぎ》つて、
「いや、お前様《まんさま》お手近《てちか》ぢや、其《そ》の明《あかり》を掻立《かきた
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