方《しかた》がないから又《また》言葉《ことば》をかけたが少《すこ》しも通《つう》ぜず、ばたりといふと僅《わづか》に首《くび》の位置《ゐち》をかへて今度《こんど》は左《ひだり》の肩《かた》を枕《まくら》にした、口《くち》の開《あ》いてること旧《もと》の如《ごと》し。
 恁《かう》云《い》ふのは、悪《わる》くすると突然《いきなり》ふんづかまへて臍《へそ》を捻《ひね》りながら返事《へんじ》のかはりに嘗《な》めやうも知《し》れぬ。
 私《わし》は一|足《あし》退《すさ》つたがいかに深山《しんざん》だといつても是《これ》を一人《ひとり》で置《お》くといふ法《はふ》はあるまい、と足《あし》を爪立《つまだ》てゝ少《すこ》し声高《こはだか》に、
(何方《どなた》ぞ、御免《ごめん》なさい、)といつた。
 背戸《せど》と思《おも》ふあたりで再《ふたゝ》び馬《うま》の嘶《いなゝ》く声《こゑ》。
(何方《どなた》、)と納戸《なんど》の方《はう》でいつたのは女《をんな》ぢやから、南無三宝《なむさんばう》、此《こ》の白《しろ》い首《くび》には鱗《うろこ》が生《は》へて、体《からだ》は床《ゆか》を這《は》つて尾《を
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