い、此《こ》の流《ながれ》と一|所《しよ》に私《わたし》の傍《そば》においでなさいといふてくれるし、まだ/\其《それ》ばかりでは自身《じぶん》に魔《ま》が魅《さ》したやうぢやけれども、こゝに我身《わがみ》で我身《わがみ》に言訳《いひわけ》が出来《でき》るといふのは、頻《しきり》に婦人《をんな》が不便《ふびん》でならぬ、深山《しんざん》の孤家《ひとつや》に白痴《ばか》の伽《とぎ》をして言葉《ことば》も通《つう》ぜず、日《ひ》を経《ふ》るに従《したが》ふてものをいふことさへ忘《わす》れるやうな気《き》がするといふは何《なん》たる事《こと》!
 殊《こと》に今朝《けさ》も東雲《しのゝめ》に袂《たもと》を振切《ふりき》つて別《わか》れやうとすると、お名残《なごり》惜《を》しや、かやうな処《ところ》に恁《か》うやつて老朽《おひく》ちる身《み》の、再《ふたゝ》びお目《め》にはかゝられまい、いさゝ小川《をがは》の水《みづ》となりとも、何処《どこ》ぞで白桃《しろもゝ》の花《はな》が流《なが》れるのを御覧《ごらん》になつたら、私《わたし》の体《からだ》が谷川《たにがは》に沈《しづ》んで、ちぎれ/\になつ
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