其時《そのとき》、頤《あぎと》の下《した》へ手《て》をかけて、片手《かたて》で持《も》つて居《ゐ》た単衣《ひとへ》をふわりと投《な》げて馬《うま》の目《め》を蔽《おほ》ふが否《いな》や、
 兎《うさぎ》は躍《をど》つて、仰向《あふむ》けざまに身《み》を飜《ひるがへ》し、妖気《えうき》を籠《こ》めて朦朧《まうろう》とした月《つき》あかりに、前足《まへあし》の間《あひだ》に膚《はだ》が挟《はさま》つたと思《おも》ふと、衣《きぬ》を脱《はづ》して掻取《かいと》りながら下腹《したばら》を衝《つ》と潜《くゞ》つて横《よこ》に抜《ぬ》けて出《で》た。
 親仁《おやぢ》は差心得《さしこゝろえ》たものと見《み》える、此《こ》の機《きツ》かけに手綱《たづな》を引《ひ》いたから、馬《うま》はすた/\と健脚《けんきやく》を山路《やまぢ》に上《あ》げた、しやん、しやんしやん、しやんしやん、しやんしやん、――見《み》る間《ま》に眼界《がんかい》を遠《とほ》ざかる。
 婦人《をんな》は早《は》や衣服《きもの》を引《ひツ》かけて椽側《えんがは》へ入《はい》つて来《き》て、突然《いきなり》帯《おび》を取《と》らうとすると、白痴《ばか》は惜《を》しさうに押《おさ》へて放《はな》さず、手《て》を上《あ》げて。婦人《をんな》の胸《むね》を圧《おさ》へやうとした。
 邪慳《じやけん》に払《はら》ひ退《の》けて、屹《きツ》と睨《にら》むで見《み》せると、其《その》まゝがつくりと頭《かうべ》を垂《た》れた、総《すべ》ての光景《くわうけい》は行燈《あんどう》の火《ひ》も幽《かす》かに幻《まぼろし》のやうに見《み》えたが、炉《ろ》にくべた柴《しば》がひら/\と炎先《ほさき》を立《た》てたので、婦人《をんな》は衝《つ》と走《はし》つて入《はい》る。空《そら》の月《つき》のうらを行《ゆ》くと思《おも》ふあたり遥《はるか》に馬子唄《まごうた》が聞《きこ》えたて。)」[#「)」」はママ]

         第二十

「さて、其《それ》から御飯《ごはん》の時《とき》ぢや、膳《ぜん》には山家《やまが》の香《かう》の物《もの》、生姜《はじかみ》の漬《つ》けたのと、わかめを茹《う》でたの、塩漬《しほづけ》の名《な》も知《し》らぬ蕈《きのこ》の味噌汁《みそじる》、いやなか/\人参《にんじん》と干瓢《かんぺう》どころではござらぬ
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