とほ》くの方《はう》から歩行《ある》いて来《き》たのではないやう、猿《さる》も、蟇《ひき》も居《ゐ》る処《ところ》と、気休《きやす》めに先《ま》づ考《かんが》へたが、なかなか何《ど》うして。
 暫《しばら》くすると今《いま》其奴《そやつ》が正面《しやうめん》の戸《と》に近《ちかづ》いたなと思《おも》つたのが、羊《ひつじ》の啼声《なきごゑ》になる。
 私《わし》は其《そ》の方《はう》を枕《まくら》にして居《ゐ》たのぢやから、つまり枕元《まくらもと》の戸外《おもて》ぢやな。暫《しばら》くすると、右手《めて》の彼《か》の紫陽花《あぢさい》が咲《さ》いて居《ゐ》た其《そ》の花《はな》の下《した》あたりで、鳥《とり》の羽《は》ばたきする音《おと》。
 むさゝびか知《し》らぬがきツ/\といつて屋《や》の棟《むね》へ、軈《やが》て凡《およ》そ小山《こやま》ほどあらうと気取《けど》られるのが胸《むね》を圧《お》すほどに近《ちかづ》いて来《き》て、牛《うし》が啼《な》いた。遠《とほ》く彼方《かなた》からひた/\と小刻《こきざみ》に駈《か》けて来《く》るのは、二|本足《ほんあし》に草鞋《わらぢ》を穿《は》いた獣《けもの》と思《おも》はれた、いやさまざまにむら/\と家《いへ》のぐるりを取巻《とりま》いたやうで、二十三十のものゝ鼻息《はないき》、羽音《はおと》、中《なか》には囁《さゝや》いて居《ゐ》るのがある。恰《あたか》も何《なに》よ、それ畜生道《ちくしやうだう》の地獄《ぢごく》の絵《ゑ》を、月夜《つきよ》に映《うつ》したやうな怪《あやし》の姿《すがた》が板戸《いたど》一|重《へ》、魑魅魍魎《ちみまうりやう》といふのであらうか、ざわ/\と木《こ》の葉《は》が戦《そよ》ぐ気色《けしき》だつた。
 息《いき》を凝《こら》すと、納戸《なんど》で、
(うむ、)といつて長《なが》く呼吸《いき》を引《ひ》いて一|声《こゑ》、魘《うなさ》れたのは婦人《をんな》ぢや。
(今夜《こんや》はお客様《きやくさま》があるよ。)と叫《さけ》んだ。
(お客様《きやくさま》があるぢやないか。)
と暫《しばら》く経《た》つて二|度目《どめ》のは判然《はつきり》と清《すゞ》しい声《こゑ》。
 極《きは》めて低声《こゞゑ》で、
(お客様《きやくさま》があるよ。)といつて寝返《ねがへ》る音《おと》がした、更《さら》に寝返《ね
前へ 次へ
全74ページ中58ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング