すよ。
貴僧《あなた》、それでもお眠《ねむ》ければ御遠慮《ごゑんりよ》なさいますなえ。別《べつ》にお寝室《ねま》と申《まを》してもございませんが其換《そのかは》り蚊《か》は一ツも居《ゐ》ませんよ、町方《まちかた》ではね、上《かみ》の洞《ほら》の者《もの》は、里《さと》へ泊《とま》りに来《き》た時《とき》、蚊帳《かや》を釣《つ》つて寝《ね》かさうとすると、何《ど》うして入《はい》るのか解《わか》らないので、階子《はしご》を貸《か》せいと喚《わめ》いたと申《まを》して嫐《なぶ》るのでございます。
沢山《たくさん》朝寝《あさね》を遊《あそ》ばしても鐘《かね》は聞《きこ》えず、鶏《とり》も鳴《な》きません、犬《いぬ》だつて居《を》りませんからお心休《こゝろやす》うござんせう。
此人《このひと》も生《うま》れ落《お》ちると此山《このやま》で育《そだ》つたので、何《なん》にも存《ぞん》じません代《かはり》、気《き》の可《い》い人《ひと》で些《ちツ》ともお心置《こゝろおき》はないのでござんす。
それでも風俗《ふう》のかはつた方《かた》が被入《いらつ》しやいますと、大事《だいじ》にしてお辞義《じぎ》をすることだけは知《し》つてゞございますが、未《ま》だ御挨拶《ごあいさつ》をいたしませんね。此頃《このごろ》は体《からだ》がだるいと見《み》えてお惰《なま》けさんになんなすつたよ、否《いゝえ》、宛《まる》で愚《おろか》なのではございません、何《なん》でもちやんと心得《こゝろえ》て居《を》ります。
さあ、御坊様《ごぼうさま》に御挨拶《ごあいさつ》をなすつて下《くだ》さい、まあ、お辞義《じき》をお忘《わす》れかい。)と親《した》しげに身《み》を寄《よ》せて、顔《かほ》を差覗《さしのぞ》いて、いそ/\していふと、白痴《ばか》はふら/\と両手《りやうて》をついて、ぜんまいが切《き》れたやうにがつくり一|礼《れい》。
(はい、)といつて私《わし》も何《なに》か胸《むね》が迫《せま》つて頭《つむり》を下《さ》げた。
其《その》まゝ其《そ》の俯向《うつむ》いた拍子《ひやうし》に筋《すぢ》が抜《ぬ》けたらしい、横《よこ》に流《なが》れやうとするのを、婦人《をんな》は優《やさ》しう扶《たす》け起《おこ》して、
(おゝ、よく為《し》たのねえ、)
天晴《あツぱれ》といひたさうな顔色《かほつき》で
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