また古代には吉い夢を他人が買ふと云ふことがありました。北條政子が妹の見た夢を買つて頼朝を良人にしたと云ふやうなことがその一例です。かう云ふ風に夢を迷信的に尊重する所から、吉い夢を見た時は其れを他人に話してはならない、話すと反對に惡運を招くと云ふやうな習慣までが生ずるに到りました。かうなると「癡人夢を説く」と云ふ痛罵が必要になります。
 現代の人は「夢想家」と云ふ語を古臭いやうに云つて、そんな人間は日日に活動して居る實際の社會に一人も居ないやうな口氣を洩します。けれども果して其通りでせうか。人間は誰もまだまだ傳習の夢を見て居て、折々にちよいと目を開いては微かに眞實の一片を見るのでは無いでせうか。



底本:「日本の名随筆14 夢」作品社
   1984(昭和59)年1月25日第1刷発行
   1985(昭和60)年3月30日第2刷発行
底本の親本:「定本・与謝野晶子全集 第一六巻」講談社
   1980(昭和55)年7月
入力:土屋隆
校正:門田裕志
2008年1月15日作成
青空文庫作成ファイル:
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