く深く観察すると共に、その全体と核心と部分との統一と本末軽重を無視するどころか、常にそれを顧慮し高調していることにお気が附かねばならないはずです。私の書いたものから特に欠点のみ拾って揚足《あげあし》を取ろうとする悪戯《いたずら》的気分や小人的敵意に満ちた人はともかく、私に多少の愛を持って私の長所を発見し、それを助成しよう、補導しようとする人ならば、私が凡庸な素質と、迂遠な独修的教育と、乏しい経験と、狭い知識とから出来る限り固陋《ころう》な自己を破って、正大自由な理想と苦行的な実行との中に自分の生活を建てよう、更にこの理想を述べることに由って私たちの同性の自奮自発を促す万一の貢献をしたいと焦心していることに一顧を払われるであろうと思います。平塚さんが私の幾冊もない詩集と文集とのいずれをも読まれることなしに、私が「事実の観察に出発せず」加之《おまけ》に「事実の関係を全く無視して極めて主観的な判断を下す」といって私の文筆生活に現れた私の人格全体を非難されたのは、それこそ余りに主観的な、大胆きわまる判断だと思います。
 平塚さんの私に対する抗議が以上のようなものであって見れば、これは最早第三者
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