わかやかに青葦《あをあし》ふきぬ初夏の風
あつき日の流《ながれ》に姉と髪あらひなでしこさして夕を待ちぬ
岸に立つ袖ふきかへしもみうらの紅《あけ》を点じてゆくや河かぜ
目に青き穂麦の中にももいろのひくき靄《もや》する花畑かな
おほかたを人とおもはず我|猛《だけ》くなりにけらしな忘られし君
くちびると両手に十の細指はわれの領なる花なれば吸ふ
ふるさとを多く夢みぬ兄嫁の美くしきをば思ふと無きに
彼《か》の天《あめ》をあくがれ人は雲を見てつれな顔しぬ我に足らじか
帆織る戸へ信天翁《おきのたいふ》を荷《にな》ひ入る人めづらしや初冬の磯
紅梅に幔幕《まんまく》ひかせ見たまひぬ白尾の鶏《かけ》の九つの雛
しら梅や二百六十|二人《ふたたり》は女王《によわう》にいます王禄の庭
花に似し人を載せたる唐船《たうせん》に大君ふきぬ春の山かぜ
男こそうれしと見ぬれいかがせむあらぬ名着たる大難の日に
舞姫のかたちと誉めよむかしの絵そへ髪たかく結ひたる人を
春の雨障子のをちに河暮れて灯に見る君となりにけるかな
ほととぎす戸をくる袖の友染に松の月夜のつづく住の江
人妻は高き名えたる黒髪のうしろを見せて戸にかくれけり
京の宿に五人の人の妻さだめ妻も聞く夜の春の雨かな
磯草にまどろむ君の夢が生むさくら貝こそひろひきにけれ
天人の飛行《ひぎやう》自在にしたまふとひとしきほどのものたのむなり
頬《ほ》に寒き涙つたふに言葉のみ華やぐ人を忘れたまふな
半身にうすくれなゐの羅《うすもの》のころもまとひて月見ると言へ
[#地から1字上げ](明治三十九年一月)
底本:「現代日本文學大系 25 與謝野寛・與謝野晶子・上田敏・木下杢太郎・吉井勇・小山内薫・長田秀雄・平出修 集」筑摩書房
1971(昭和46)年4月5日初版第1刷発行
入力:福岡茂雄
校正:ちはる
2000年11月30日公開
2006年3月18日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全3ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
与謝野 晶子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング