たる山少女《やまをとめ》湖《うみ》ぞひゆけば家をしへける
春の月縁《ゑん》の揚戸《あげど》の重からば逢はで帰らむ歌うたへ君
あくどしや少し恋しとなす人を撓《たゆ》まず寝《い》ねず思ふと云ひぬ
日は暮れぬ海の上にはむらさきの菖蒲《あやめ》に似たる夕雲のして
たなばたや簾《すだれ》の外《と》なる香炉《かうろう》のけぶりのうへの天の河かな
妹《いも》が間は床の瑪瑙《めなう》の水盤にべにばす咲きぬ七月|七日《しちにち》
ただふたり海の岩草花しろき夜あけに乗りぬ上総《かづさ》の船に
摘みすてし野薔薇ながれぬ夕川の橋の柱にただよひつつも
公孫樹《こうそんじゆ》黄にして立つにふためきて野の霧くだる秋の夕暮
ほととぎす安房下総《あはしもふさ》の海上に七人《ななたり》ききぬ少女子《をとめご》まじり
ゆゑしらずわが病むらしの時わかぬ脈うつ手とり死なむと云ふや
ちぬの浦いさな寄るなるをちかたはひねもす霞《かす》む海恋しけれ
春の里舞ぎぬほさぬ雨の日の柳は白き馬をつながむ
君かへらぬこの家《や》ひと夜に寺とせよ紅梅どもは根こじて放《はふ》れ
かきつばた白と紫くまなして流るる水に鯉の餌かはむ
粧室《けはひや》の鏡に浪《なみ》のうつるなり海の風めで窓あけし家
かもめゐるわたつみ見ればいだかれて飛ぶ日をおもふさいはひ人よ
ゆく春や葛西《かさい》の男|鋏刀《はさみ》して躑躅《つつじ》を切りぬ居丈《ゐだけ》ばかりに
おん舟に居こぞる人の袴《はかま》より赤き紅葉《もみぢ》の島さして来ぬ
燭《しよく》さして赤良小船《あからをぶね》の九つに散り葉のもみぢ積みこそ参れ
大赤城《おほあかぎ》北|上《かみ》つ毛《け》の中空《なかぞら》に聳《そび》やぐ肩を秋のかぜ吹く
春雨の山しづけさよ重なりて小牛まろぶも寝てあれと思ふ
秋の人|銀杏《いてふ》ちるやと岡に来て逢ひにける子と別れて帰る
うつら病む春くれがたやわが母は薬に琴を弾《ひ》けよと云へど
やはらかにぬる夜ねぬ夜を雨しらず鶯まぜてそぼふる三日
夕顔やこよと祈りしみくるまをたそがれに見る夢ごこちかな
薬草の芽をふく伯父の草庵《さうあん》に琴ひく人を訪《と》へと思ふ日
ふたたびは寝釈迦《ねじやか》に似たるみかたちを釘する箱に見む日さへ無き(父君の日に)
牡丹うゑ君まつ家と金字《きんじ》して門《かど》に書きたる昼の夢かな
冬の日の疾風《はやて》するにも似て赤きさみだれ晴の海の夕雲
春の水船に十《と》たりのさくらびと鼓うつなり月のぼる時
夜《よ》によきは炉《ろ》にうつぶせるかたちぞとうきおん人のものさだめかな
君が妻いとまたまはば京に往《い》なむ袂《たもと》かへして舞はむと思へば
ほととぎす海に月てりしろがねのちひさき波に手洗ひをれば
夕ぐれの玉の小櫛《をぐし》のほそき歯に秋のこゑ立ておちにける髪
水引《みづひき》の赤《あけ》三尺の花ひきてやらじと云ひし朝露の路
冬川は千鳥ぞ来啼《きな》く三本木《さんぼんぎ》べにいうぜんの夜着《よぎ》ほす縁に
春の雨高野の山におん児《ちご》の得度《とくど》の日かや鐘おほく鳴る
うすものや六根《ろくこん》きよめまつらむとしら蓮風《はすかぜ》す朝舟人に
しら樺の折木《をれき》を秋の雨うてば山どよみして鵲《かささぎ》鳴くも
春の潮遠音ひびきて奈古《なこ》の海の富士赤らかに夜明けぬるかな
御胸にと心はおきぬ運命の何すと更に怖れぬきはに
梅幸《ばいかう》の姿に誰れがいきうつし人数《にんず》まばゆき春の灯の街
桟橋《さんばし》や暮れては母のふところに入るとごとくに船かへりきぬ
玉ひかるべにさし指の美々《びび》しさにやらで別れし牧の花草
夕月夜さくらがなかのそよ風に天女さびたる御手《みて》とり走《わし》る
いづら行かむ君の案内《あない》に菜の花の二すぢ路の長しみじかし
舞ごろも五たり紅《あけ》の草履《ざうり》して河原に出でぬ千鳥のなかに
百とせをかはらぬことは必らずと誓はぬ人を今日も見るかな
秋の路|立楽《たちがく》すなる伶人《れいじん》の百歩にあると朝かぜを聴く
牡丹いひぬ近うはべらじ身じろぎにうごかばかしこ王冠の珠
わがこころ君を恋ふると高ゆくや親もちひさし道もちひさし
春の雨|衆生《しゆじやう》すくひの大力者《だいりきしや》ぬれていましぬさくらの中に
秋霧や林のおくのひとつ家《や》に啄木鳥《きつつき》飼ふと人をしへけり
よう聞きぬ夢なる人の夢がたりするにも似たる御言葉なれど
君とわれ葵《あふひ》に似たる水草の花のうへなる橋に涼みぬ
召されては宿直《とのゐ》やつれの手もたゆく草書《さうがき》したり暮れゆく春を
悪名《あくみやう》の果《くわ》あり今日ある因縁の君を見し日は遠世《とほよ》となりぬ
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