う》とうすき楓《かへで》のありあけ月夜

思ひたまへ御胸《みむね》の島に糧《かて》足らずされど往《い》なれぬながされびとを

君が家《や》につづく河原のなでしこにうす月さして夕《ゆふべ》となりぬ

夏のかぜ山よりきたり三百の牧の若馬耳ふかれけり

香盤《かうばん》に白檀そへて五月雨《さみだれ》の晴間を告げぬさもらひびとは

君まさぬ端居《はしゐ》やあまり数おほき星に夜寒をおぼえけるかな

朝ぼらけ羽《は》ごろも白《じろ》の天《あめ》の子が乱舞するなり八重桜ちる

春の海いま遠《をち》かたの波かげにむつがたりする鰐鮫《わにざめ》おもふ

もゝ色の靄《もや》あたたかく捲く中にちさき花なる我かのこゝち

誰《た》れが子を殯《もがり》におくる銅拍子《どびやうし》ぞ秋の日あびて一列白き

梅の花たき火によばれしら髪をかきたれ来なる隣の君よ

白き羽《は》の幾鳥とべば山頂の雲いざよひぬ秋の湖

仁和寺《にんなぢ》の門跡《もんぜき》観《み》ます花の日と法師幕うつ山ざくらかな

元日や長安《ちやうあん》に似る大道に遣羽子《やりはご》したる袖《そで》とらへけり

羽子板に似たりといはばおこられむやりはごすとて褄《つま》とる人を

ほととぎす水ゆく欄にわれすゑてものの涼しき色めづる君

うらさびしわが家《や》のあとに家《や》つくると青埴《あをはに》盛るを見たるここちに

磯草にこほろぎ啼くや夕月の干潟《ひがた》あゆみぬ人五六人

紫野なでしこ折ると傘たたみ三騎《さんき》の人に顔見られけり

夏まつりよき帯むすび舞姫に似しやを思ふ日のうれしさよ

君を見て昨日《きのふ》に似たる恋しさをおぼえさせずば神よ詛《のろ》はむ

このつかのま悲みの日に伝ふべき甘さと慄《ふる》へ美くしと笑《ゑ》み

髪ながきおんかげ渓《たに》を深う落ち流に浮きぬしろがね色に

高野川河原のかなた松が枝《え》にかはせみ下《お》りぬ知る人の家

ふるき城は立てりしづかに山上のわか葉そよぎの薫《くん》ずる雨に

うすいろを着よと申すや物焚《ものた》きしかをるころものうれしき夕

長月の御苑《ぎよゑん》の朝や露わぶと羅蓋《らがい》してまし白菊の花

うたたねの御枕あまた候《さふら》ふなりかひなも伽羅《きやら》の箱も鼓も

相人《さうにん》よ愛欲せちに面痩《おもや》せて美くしき子に善きことを言へ

牛つれて松明《たいまつ》し
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