岡の家|瑠璃《るり》すむ秋の空の声たてゝ幾ひら桐おちにけり
ほととぎす山の法師が大音《たいおん》の初夜の陀羅尼《だらに》のこだまする寺
紫と黄いろと白と土橋《つちばし》を小蝶ならびてわたりこしかな
二とせや緞子《どんす》張りたる高椅子のうへに坐《ゐ》るまで児《こ》は丈のびぬ
円山《まるやま》の南の裾の竹原にうぐひす住めり御寺《みてら》に聞けば
たたかひは見じと目とづる白塔《はくたふ》に西日しぐれぬ人死ぬ夕《ゆふべ》
遠《をち》かたに星のながれし道と見し川のみぎはに出でにけるかな
物思へばものみな慵《もの》う転寝《うたたね》に玉の螺鈿《らでん》の枕をするも
壁張や花紋のなかにそちむきの黒髪うつる春の夜の家
春の宵|壬生《みぶ》狂言の役者かとはやせど人はものいはぬかな
比叡《ひえ》の嶺《ね》にうす雪すると粥《かゆ》くれぬ錦織るなるうつくしき人
おとうとはをかしおどけしあかき頬《ほ》に涙ながして笛ならふさま
沙羅双樹《さらさうじゆ》しろき花ちる夕風に人の子おもふ凡下《ぼんげ》のこゝろ
北海の鱒《ます》積みきたる白き帆を鐘楼《しゆろう》に上《のぼ》り見てある少女《をとめ》
五月雨《さつきあめ》春が堕《お》ちたる幽暗の世界のさまに降りつづきけり
春の夜や聖母聖なり人の子の凡慮知らじと盗みに来しや
野社《のやしろ》や榛《はん》の木折れて晩秋の来しと銀杏《いてふ》の葉に吹かれ居る
君にをしふなわすれ草の種まきに来よと云ひなばおどろきて来む
京の衆《しゆ》に初音まゐろと家ごとにうぐひす飼ひぬ愛宕《をたぎ》の郡《こほり》
知恩院《ちおゐん》の鐘が覚《さ》まさぬ人さめぬ扇もとむるわが衣《きぬ》ずれに
あやまちは君を牡丹とのみいはで花に似し子をかぞへけるかな
君は死にき旅にやりきとまろ寝しぬうしろの人よものないひそね
初夏のわか葉のかげによき香する煙草《たばこ》をのむをよろこぶ人と
春そよと風ふく朝はおん墓に桜ちらむとなつかしき父
おもはぬを罪と知る日の君おもひ涙ながれてはてなき日なり
わが知らぬわれ恋ふる子のおもひ寝の来しとゆかしむ琴ききし夢
鳴滝《なるたき》や庭なめらかに椿ちる伯母の御寺のうぐひすのこゑ
六月《みなつき》のおなじ夕に簾《すだれ》しぬ娘かしづく絹屋と木屋と
大堰川《おほゐがは》山は雄松《をまつ》の紺青《こんじや
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