やすきひと時のあらば思はむ法《のり》の母上
載せてくる玉うつくしき声あると夏の日すみぬわれ水下《みづしも》に
山かげを出しや五人がむらさきの日傘あけたる船のうへかな
春の夜の夢のみたまとわが魂《たま》と逢ふ家らしき野のひとつ家
傘ふかうさして君ゆくをちかたはうすむらさきにつつじ花さく
わが知らぬ花も咲かむと雑草に春雨まてる隠者《ゐんじや》ぶりかな
大机|重陽《ちようやう》すぎの父の日をしら菊さして歌かきて居ぬ
円山や毛氈《まうせん》しきてほととぎす待つと侍《はべ》りぬ十四と十五
釣鐘にむら雨ふりぬ黒谷《くろだに》やぬるでばやしの紅葉のなかに
あづまやの水は闇ゆくおとながらひけば柱にほのしろき藤
御社《みやしろ》の尾白の馬の今日も猶《なほ》痩せず豆|食《は》む故郷《ふるさと》を見ぬ
戸に隠れわと啼く声の能《よ》う化けし狐と誉めぬ春の夜の家
舞ごろも祇園の君と春の夜や自主権現に絵馬うたす人
くれなゐの綾《りよう》の袴《はかま》の腰結《こしゆひ》のあたりに歌は書かむと思へ
美くしき御足のあとに貝よせてやさしき風よ海より来るか
いつの世かまたは相見む知らねどもただごと言ひて別るる君よ
二日ありて百二十里は遠からぬ障子のうちに君を見るかな
蝶のやうにものに口あて御薬《みくすり》を吸うて来《こ》うとも思《おぼ》しはよらじ
春の月ときは木かこむ山門とさくらのつつむ御塔のなかに
遠浅に鰈《かれひ》つる子のむしろ帆《ぼ》を春かぜ吹きぬ上総《かづさ》より来て
塔見えて橋の半《なかば》はかすむ嵯峨|少人《せうじん》具して鮎くむ日かな
上《かみ》つ毛《け》や赤城はふるき牧にして牛馬はなつ春かぜの山
宿乞ひぬ川のあなたは傘さしし雨の後《のち》なるおぼろ月夜に
三本木千鳥きくとてひそめきてわれ寝《い》ねさせぬ三四人かな
橋の下尺をあまさぬひたひたの出水《でみづ》をわたり上つ毛に入る(以下六首赤城山に遊びける夏)
石まろぶ音にまじりて深山鳥《みやまどり》大雨《たいう》のなかを啼くがわびしさ
裾野雨負へる石かと児をまどひ極悪道《ごくあくだう》の旅かと思ひ
みづうみに濁流おつる夜の音をおそれて寝ねぬ山の雨かな
大剛《だいがう》の力者あらびぬ上つ毛の赤城|平《だひら》に雨す暴風《あらし》す
わが通ひ路|棹《さを》に花ある沙羅《しやら》も折れ沼《
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