野は赤い八重櫻の盛りであつた。一重のはもう皆散つた後である。藤の花蔭に長い籐椅子に倚つて居る白衣の獨逸婦人などを美しく思つて過ぎた。伯林へ着く前に私は寢臺を作らせて寢た。十九日の朝|佛蘭西《フランス》の國境で汽車賃を十圓追加された。ボオイの獨逸人が物柔かな佛人に代つて初めて私は悠《ゆる》やかな氣分になつた。茶とパンを室へ運ばして食べた。昨日から餘程神經衰弱が甚だしくなつて居るので、少し大きな街、大きな停車場を見ると何とも知れない壓迫を感じるので、私は成るべく外を見ない樣にして居た。窓掛の間から野性の雛芥子《ひなげし》の燃える樣な緋《ひ》の色が見える。四時と云ふのに一分の違ひも無しに巴里の北の停車場《ギヤアル》に着いた。プラツト・フオオムには良人の外に二人の日本畫家と二人の巴里人とが私を待つて居て呉れた。(五月十九日)



底本:「定本 與謝野晶子全集 第二十卷 評論感想集七」講談社
   1981(昭和56)年4月10日第1刷発行
入力:Nana ohbe
校正:今井忠夫
2003年12月15日作成
青空文庫作成ファイル:
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