を見て居るやうであつた齋藤氏は朝寢坊をしたと云つて、八時過に食堂へ行くのを誘《さそ》ひに來た。パンと珈琲《コオヒイ》だけの朝飯に一人前に拂ふのが五十錢である。午後の二時に哈爾賓《ハルピン》へ着いた。プラツト・フオオムに立つて居た日本人は私の爲に出て居てくれた軍司氏《ぐんじし》であつた。電報が來たと云つて齋藤氏が持つて來た。「西伯利亞の景色お氣に入りしと思ふ」と云ふ大連の平野萬里さんから寄越したものであつた。伊藤公の狙撃《そげき》されたと云ふ場所に立つて、其日眼前に見た話を軍司氏の語るのを聞いた。「此汽車は私のために香木《かうぼく》を焚《た》いて行く」こんな返電を大連へ打つた。石炭を使はないで薪を用ひるのは次の國境迄だ相である。どの驛でも恐い顏の蒙古犬《もうこいぬ》や嚴《いかめ》しいコサツク兵や疲れた風の支那人やが皆私の姿を訝《いぶか》し相に見て居た。夕方に廣い沼の枯蘆が金の樣に光つた中に、數も知れない程水鳥の居る處を通つた。白樺の小い林などを時時見るやうになつた。三日目の朝に復《また》國境の驛で旅行券や手荷物を調べられた。午後に私の室へ一人の相客が入つて來た。服の上に粗い格子縞の大きい四角な肩掛をした純露西亞風の醜い女である。良人は外の處に乘つて居るらしい。大抵廊下へ出て其處で夫婦が話をして居るやうであつた。晩餐後に私が少し眠くなつてうとうとして居る間に其婦人は降りてしまつた。十時過に寢臺を作らせて入ると直ぐ外から戸を開けられて相客が來たやうであつた。私は見ないで顏を覆うた儘で居た。小さい子供の泣聲や咳をする聲などが夜中に度度したので、上の寢臺へ來たのは子持の婦人らしいと思つて居た。
 二人になると昨日迄のやうに早く起きて寢臺を仕舞はせたりする勝手も今朝は出來ないなどと思つて、目が覺めてから床の中でぢつとして居ると、前の鏡へ上の客が映つた。寢て居ると思つて居た人が坐つて居る。白い切れを髮の上に掛けて、色の白い兒を抱いて居る氣高い美しい女である。マリヤがふと現はれた樣な思ひもしないではない。化粧室へ行つて顏を洗つて來て髮を結つて着物を着更へても、二度寢をした上の客はまだ起きさうにない。私は書物を持つて廊下へ出た。汽車は溪川に添つて走つて居るのであつた。箱根の山を西へ出た處のやうな氣がする。雪が降つて來た。食堂から歸つてもまだ私の室の戸は閉められてあつた。九時過にそつと
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