ら2字下げ]
眞赤な土がほろほろと……
だらだら坂の二側《ふたかは》に
アカシヤの樹のつづく路。
あれ、あの森の右の方、
飴色をした屋根と屋根、
あの間から群青《ぐんじやう》を
ちらと抹《なす》つたセエヌ川。
涼しい風が吹いて來る、
マロニエの香と水の香と。
之が日本の畑なら
青い「ぎいす」が鳴くであろ。
黄ばんだ麥と雛罌粟《コクリコ》と、
黄金にまぜたる朱の赤さ。
誰《た》が挽き捨てた荷車か、
眠い目をして路ばたに
じつと立つたる驢馬《ろば》の影。
「ロダン先生の別莊は。」
問ふ二人より側に立つ
キモノ姿のわたしをば
不思議と見入る野良男《のらをとこ》。
「ロダン先生の別莊は
ただ眞直に行きなさい。
木の間からその庭の
風見車《かざみぐるま》が見えませう。」
巴里から來た三人の
胸は俄にときめいた。
アカシヤの樹のつづく路。
[#ここで字下げ終わり]
やつと其道の盡きる處まで來た。其處は自分達の今乘つて來たのとは異ふ別の汽車道の踏切である。そして一層人氣のない寂しい道へ自分達は出た。二町程來た時前を行く人を呼んで松岡氏が尋ねると、ロダン先生の邸は直ぐ此處の左で、其處に門がある、そしてずつと奧に家があると云ふのであつた。見ると牧場の柵の樣な低い木の門が其處にある。マロニエの木が隙間もなく青青と兩側に立つて居た。然し人の通ふ道の上には草が多く生えて居る。右の掛《かか》りに鼠色のペンキで塗つた五坪位の平屋《ひらや》がある。硝子窓が廣く開けられて入口に石膏の白い粉が散ばつて居るので、一見|製作室《アトリエ》である事を自分達は知つた。けれど之は弟子達のそれであらう、床も天井も低い、テレビン油で汚れた黒い切の澤山落ちて居るこの狹い室が世界の帝王さへも神の樣に思つて居るロダン先生の製作室だとは入つて暫くの間自分には思はれなかつた。白い仕事着を着た頤鬚《あごひげ》のある、年若な、面長な顏の弟子らしい人と男達の話して居る間に、自分は眞中に置かれた出來上らない大きい女の石膏像を見て居た。矢張りロダン先生が此處で仕事をされるのであると思つた時自分の胸は轟《とゞろ》いた。半から腕の切り放されてある裸の女は云ひ樣もない清い面貌《おもわ》をして今や白熱の樣な生命《いのち》を與へられようとして居る。先生は巴里の家の方においでになつて夕方でないと歸られない、殊に今日は他家《よそ
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