巴里にて
與謝野晶子
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)忙《せは》しかつた
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)ブル※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]アル
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巴里の良人の許へ着いて、何と云ふ事なしに一ヶ月程を送つて仕舞つた。東京に居た自分、殊に出立前三月程の間の忙《せは》しかつた自分に比べると、今の自分は餘りに暇があるので夢の樣な氣がする。自分の手に一日でも筆の持たれない日があらうとは想像もしなかつたのに、此處へ來てからは全く生活の有樣が急變した。其れが氣樂かと云ふと反對に何だか心細い樣な不安な感が終始附いて廻る。好きな匂の高い煙草も仕事の間に飮んだ時と、外出の歸りに買つて來て、する事のない閑さに飮むのとは味が違ふ。新しい習慣に從ふことを久しい間の惰性が姑《しばら》く拒むらしい。其れに自分が日本を立つたのは、唯だ良人と別れて居ることの堪へ難い爲めであつた。良人が歐洲へ來たのとは大分に心持が異ふ。歐洲の土を踏んだからと云つて、自分には胸を躍らす
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