トのままで居るわたしを物憂さうに長い間眺めて居た。清水坂で良人と二人が麟にと云つて買つた鳩と鶏を出して枕元へ置いても麟はいやいやとばかり云つて見ようともしない。体温は朝からずつと六度八分ださうである。七瀬と八峯にも人形を出してやつて、それから着物を着更へやうと帯揚げを解きながら思ひついて縁側へ出て四畳半の書斎を覗いた。悲しくなつて帯揚をまた結んで応接室へ入つてカメリヤに火を附けて吸つた。縁側には快い日が当つて居る。今迄はわたしがかうして居ると、良人はどうしたのかと云つて何時も書斎から出て来たのであつた。忙しいのでくさくさしてしまふとわたしが云ふと気の毒だと面白さうに良人は云つた。一緒に西洋へ行かないかと云ふと、そんな事はどうぞ云はないで居て頂戴と強い女らしくわたしはよく云つた。この春病気をしてからは良人が庭へ出ると背に負ぶさつたりした。それから後で子供が代る代る良人に負ぶさる頃にはわたしは又この椅子にもたれて冷い母親らしくして黙つて眺めて居るのであつた。麟を伴れて桃が小児科の原田さんへ行つた。玄関へ近くの林医師の書生が奥さんが帰つたかと聞きに来た。わたしは痛い身体をまたちくちくと針で刺
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