自覚は永久に与へて欲しくない。何時までもこの空想を捨てたくないと云ふことが云はれてゐるのであつて、恋の歌と解釈が出来ないではないが、作者の比較的後年の作であるから、その外のことと見る方が妥当なやうに私は思ふ。
[#ここから1字下げ、23字詰め]
おほかたの目に見えざれば人知らじ心に祈り血を流せども
[#ここで字下げ終わり]
 是れも恋歌めいては居るがさうではないと私には思はれる。普通の目で見ては自分ものんきな者に見えるであらう、芸術の道の精進の為めに心には血を流すほどの苦しみをして居るのであるがと解すべきである。



底本:「冬柏」新詩社
   1935(昭和10)年6月号
   1935(昭和10)年7月号
   1935(昭和10)年9月号
   1935(昭和10)年10月号
   1935(昭和10)年12月号
   1936(昭和11)年2月号
※掲載誌に重複して記載されて居る表題「註釈與謝野寛全集(通し番号) 晶子」は、省略しました。
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字を新字にあらためました。固有名詞も原則として例外
前へ 次へ
全48ページ中47ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
与謝野 晶子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング