の魚は捉へかねるかも知れぬが我等の網は他を考へずに彼れへ向けられねばならない、人間の理想は高きに置かなければならぬ、目標とするものは卑《ひく》いものであつてはならぬと云ふ覚悟を語つて居るのである。
[#ここから2字下げ、20字詰め]
脣に銀の匙など触るる時冷たきもよし智慧の如くに
[#ここで字下げ終わり]
 作者は銀の匙《さじ》の冷たい感触が好きだと云つて居る。其れは丁度理智と云ふものが自分の感情の中で目を上げる時のやうな気持で嬉しいのである。併《しか》し知慧と云ふ物の本質は銀の冷たさを常に変へないものであるがと作者は微笑を含んで云つて居る。
[#ここから2字下げ、20字詰め]
ためらはず宇宙を測る尺度《ものさし》にわれ自らの本能を取る
[#ここで字下げ終わり]
 何に由《よ》ることも誰れの学説に頼ることもなしに自分は何の躊躇もなく自分の本能を元にして宇宙を測ることをしようと自負して居る。
[#ここから2字下げ、20字詰め]
ギリシヤの海に見るべき白鳥が家鴨《あひる》にまじる鵞鳥にまじる
[#ここで字下げ終わり]
 不運なこの白鳥は所を得て居ない。ギリシヤの海を遊び場所とせずに穢《きたな》い家鴨と混り、ある時は鵞鳥の仲間の如く自ら振舞つて居ると作者は自身の悲みを述べて居るのである。
[#ここから2字下げ、20字詰め]
音も無く黒きころもの尼達が過ぎたるあとに残る夕焼
[#ここで字下げ終わり]
 仏蘭西か伊太利亜の大寺院の庭を、何等の音響も立てずに、黒い喪衣を著た尼達が一列を作つて通つて行つた。その後に赤い夕焼が西の方に望まれると云ふので、息も出来ぬまでに鬼気が身に迫るやうな歌である。寺院の壁も屋根も木立も黒ずんで居るが其れは尼達の衣ほどの黒ではないから云はないのである。夕焼も余りに広く拡がつて居ないと見る方がよい。
[#ここから2字下げ、20字詰め]
誰れよりも唯《た》だ逸早く走らんとして躓《つまづ》ける流れ星かな
[#ここで字下げ終わり]
 其れはかうである。自分と同じ流星なのであると作者は云ふ。あの星は他の追随するのを厭つて真先きに駈け出さうとして失敗しただけである。安全に以前からの位置を失はずに居る星に比べて彼れに欠陥はなかつた筈《はず》である。これは軽い調子に出来て居て流星を云ふのに適した形がとられてある。
[#ここから2字下げ、20字詰め]
痛きまで心を刺
前へ 次へ
全24ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
与謝野 晶子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング