御用商人に托して外米の輸入を計ったりしたような事が、かえって一層米価の暴騰を激成する結果となりました。
寺内内閣はこうして自己の秕政に気附かず、反対に首相寺内氏は政綱として常に善政主義を唱え、国民の物質生活には自給自足主義を以て楽観し、お門違いにも文学者の思想を危険視してその方面の出版物に発売禁止を濫行し、露西亜の過激派を憎んでチェック軍と共に征討の兵を浦塩《ウラジオ》に出すようなことをしながら、自国の民衆の無産階級から一種の過激派的暴動を突発するに到るような危険状態の原因を寺内内閣自身が醸成しつつあることに想い到らなかったのでした。
食糧騒動が突発して燎原《りょうげん》の勢で拡大するに及んで、一方に軍隊の力を以て民衆を威圧すると共に、倉皇として穀物収用令を出したり、富豪の義金を促して内外米の廉売を初めさせたりして、当面の食糧不足を救済しようとしているのですが、最後には民衆に向って兵力を用い、併せて一種の「施し」である慈善行為の中に一般民衆を乞食扱にする政治が、どうして寺内氏の口癖のような善政といわれるでしょうか。私は現に市役所で売る廉米を買って、その時価よりも十銭近く廉《やす》いという実際の利益を十分に嬉しく感じながらも、一面では、寺内内閣の施設さえ早く宜しきを得ていたら、こうした心にもない恩恵を受けなくても済むものをと思って、一種の遺憾と不快とを抑えることが出来ません。
寺内内閣が天下の器でないことは、このたびの暴動を激成したことに由って余りに明かになりました。国民は既に挙《こぞ》って寺内内閣の弔鐘を打っております。
寺内内閣が直ぐに崩壊すると否とにかかわらず、また食糧騒動がこれきり鎮静すると否とにかかわらず、物価暴騰の事実は依然重大な社会事実として残っております。恩恵的行為である、内外米の廉売の如きは、目前の危急を一時的に救う変則的調節策に過ぎません。為政者は異常の時に異常の策を撰んで、米の不足を補うために本年度の酒造を全く禁止するも宜しいでしょう。食糧を初めその他の第一必要品の配給を容易にするためには、船腹の不足を補って多数の軍艦を代用するも好く、全国の汽車をそれらの運輸のために臨時に無賃とするも好いでしょう。また私たち無産階級のみが外米を食べるのでなくて、河上肇《かわかみはじめ》博士の説の如く、貴族と有産階級とに論なく、臨機の処置として国民全体が一
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