呻《うめ》き、くちづけ、汗をかく
太陽の月、青海《あをうみ》の、
森の、公園《パルク》の、噴水の、
庭の、屋前《テラス》の、離亭《ちん》の月、
やれ来た、五月《ごぐわつ》、麦藁《むぎわら》で
細い薄手《うすで》の硝杯《こつぷ》から
レモン水《すゐ》をば吸ふやうな
あまい眩暈《めまひ》を投げに来た。
南風
四月の末《すゑ》に街|行《ゆ》けば、
気ちがひじみた風が吹く。
砂と、汐気《しほけ》と、泥の香《か》と、
温気《うんき》を混ぜた南風《みなみかぜ》。
細柄《ほそえ》の日傘わが手から
気球のやうに逃げよとし、
髪や、袂《たもと》や、裾《すそ》まはり
羽ばたくやうに舞ひ揚《あが》る。
人も、車も、牛、馬も
同じ路《みち》踏む都とて、
電車、自転車、監獄車、
自動車づれの狼藉《らうぜき》[#「狼藉」は底本では「狼籍」]さ。
鼻息荒く吼《ほ》えながら、
人を侮り、脅《おびや》かし、
浮足|立《た》たせ、周章《あわ》てさせ、
逃げ惑はせて、あはや今、
踏みにじらんと追ひ迫り、
さて、その刹那《せつな》、冷《ひやゝ》かに、
からかふやうに、勝つたよに、
見返りもせず去つて行《ゆ》く。
そして神田の四つ辻《つじ》に、
下駄を切らして俯《うつ》向いた
わたしの顔を憎らしく
覗《のぞ》いて遊ぶ南風《みなみかぜ》。
五月の海
おお、海が高まる、高まる。
若い、やさしい五月《ごぐわつ》の胸、
群青色《ぐんじやういろ》の海が高まる。
金岡《かなをか》の金泥《こんでい》の厚さ、
光悦《くわうえつ》の線の太さ、
寫樂《しやらく》の神経のきびきびしさ、
其等《それら》を一つに融《と》かして
音楽のやうに海が高まる。
さうして、その先に
美しい海の乳首《ちゝくび》と見える
まんまるい一点の紅《あか》い帆。
それを中心に
今、海は一段と緊張し、
高まる、高まる、高まる。
おお、若い命が高まる。
わたしと一所《いつしよ》に海が高まる。
チユウリツプ
今年も五月《ごぐわつ》、チユウリツプ、
見る目まばゆくぱつと咲く、
猩猩緋《しやう/″\ひ》に咲く、黄金《きん》に咲く、
紅《べに》と白とをまぜて咲く、
人に構はず派手に咲く。
五月雨
今日《けふ》も冷たく降る雨は
白く尽きざる涙にて、
世界を掩《おほ》ふ梅雨空《つゆぞら》は
重たき繻子《しゆす》の喪《も》の掛布《かけふ》。
空は空とて悲しきか、
かなしみ多き我胸《わがむね》も
墨と銀との泣き交《かは》す
ゆふべの色に変る頃。
夏草
庭に繁《しげ》れる雑草も
見る人によりあはれなり、
心に上《のぼ》る雑念《ざふねん》も
一一《いち/\》見れば捨てがたし。
あはれなり、捨てがたし、
捨てがたし、あはれなり。
たんぽぽの穂
うすずみ色の梅雨空《つゆぞら》に、
屋根の上から、ふわふわと
たんぽぽの穂が[#「穂が」は底本では「穂か」]白く散る。
※[#「執/れっか」、184−下−2]《ねつ》と笑ひを失つた
老いた世界の肌皮《はだかは》が
枯れて剥《は》がれて落ちるのか。
たんぽぽの穂の散るままに、
ちらと滑稽《おど》けた骸骨《がいこつ》が
前に踊つて消えて行《い》く。
何《なに》か心の無かるべき。
ほつと気息《いき》をばつきながら
思ひあまりて散るならん、
梅雨《つゆ》[#ルビの「つゆ」は底本では「づゆ」]の晴間《はれま》の屋根の草。
屋根の草
一《ひと》むら立てる屋根の草、
何《な》んの草とも知らざりき。
梅雨《つゆ》の晴間《はれま》に見上ぐれば、
綿より脆《もろ》く、白髪《しらが》より
細く、はかなく、折折《をりをり》に
たんぽぽの穂がふわと散る。
五月雨と私
ああ、さみだれよ、昨日《きのふ》まで、
そなたを憎いと思つてた。
魔障《ましやう》の雲がはびこつて
地を亡《ほろ》ぼそと降るやうに。
もし、さみだれが世に絶えて
唯《た》だ乾く日のつづきなば、
都も、山も、花園も、
サハラの沙《すな》となるであろ。
恋を命とする身には
涙の添ひてうらがなし。
空を恋路にたとへなば、
そのさみだれはため涙。
降れ、しとしとと、しとしとと、
赤をまじへた、温かい
黒の中から、さみだれよ、
網形《あみがた》に引け、銀の糸。
ああ、さみだれよ、そなたのみ、
わが名も骨も朽ちる日に、
埋《うも》れた墓を洗ひ出し、
涙の手もて拭《ぬぐ》ふのは。
隅田川
隅田川、
隅田川、
いつ見ても
土の色して
かき濁り、
黙《もく》して流《なが》る。
今は我身《わがみ》に
引きくらべ、
土より出たる
隅田川、
隅田川、
ひとしく悲し。
行《ゆ》く人は
悪を離れず、
行《ゆ》く水は
土を離れず。
隅田
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