しの声が彷徨《さまよ》つてゐるのは
森か、荒野《あらの》か、海のはてか……
ああ、どなたでも教へて下さい、
わたしの大事な貴《たふと》い声の在処《ありか》を。
自問自答
「我」とは何《なに》か、斯《か》く問へば
物みな急に後込《しりごみ》し、
あたりは白く静まりぬ。
いとよし、答ふる声なくば
みづから内《うち》に事《こと》問はん。
「我」とは何《なに》か、斯《か》く問へば
愛《あい》、憎《ぞう》、喜《き》、怒《ど》と名のりつつ
四人《よたり》の女あらはれぬ。
また智《ち》と信《しん》と名のりつつ
二人《ふたり》の男あらはれぬ。
われは其等《それら》をうち眺め、
しばらくありてつぶやきぬ。
「心の中のもののけよ、
そは皆われに映りたる
世と他人との姿なり。
知らんとするは、ほだされず
模《ま》ねず、雑《まじ》らず、従はぬ、
初生《うぶ》本来の我なるを、
消えよ」と云《い》へば、諸声《もろごゑ》に
泣き、憤《いきどほ》り、罵《のゝし》りぬ。
今こそわれは冷《ひやゝ》かに
いとよく我を見得《みう》るなれ。
「我」とは何《なに》か、答へぬも
まことあはれや、唖《おし》にして、
踊《をどり》を知れる肉なれば。
我が泣く日
たそがれどきか、明方《あけがた》か、
わたしの泣くは決まり無し。
蛋白石色《オパアルいろ》[#「蛋白石色」は底本では「胥白石色」]のあの空が
ふつと渦巻く海に見え、
波間《なみま》[#「波間」は底本では「波問」]にもがく白い手の
老《ふ》けたサツフオオ、死にきれぬ
若い心のサツフオオを
ありあり眺めて共に泣く。
また虻《あぶ》が啼《な》く昼さがり、
金の箔《はく》おく連翹《れんげう》と、
銀と翡翠《ひすゐ》の象篏《ざうがん》の
丁子《ちやうじ》の花の香《か》のなかで、
※[#「執/れっか」、66−下−13]《あつ》い吐息をほつと吐《つ》く
若い吉三《きちさ》の前髪を
わたしの指は撫《な》でながら、
そよ風のやうに泣いてゐる。
伊香保の街
榛名山《はるなさん》の一角に、
段また段を成して、
羅馬《ロオマ》時代の
野外劇場《アンフイテアトル》[#ルビの「アンフイテアトル」は底本では「アンフイテトアル」]の如《ごと》く、
斜めに刻み附《つ》けられた
桟敷|形《がた》の伊香保《いかほ》の街。
屋根の上に屋根、
部屋
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