始め得《う》ることを。
いとしき、いとしき我子等《わがこら》よ、
世に生れしは幸ひか、
誰《たれ》か之《これ》を「否《いな》」と云《い》はん。
いとしき、いとしき我子等《わがこら》よ、
今、君達のために、
この母は告げん。
君達は知れかし、
我等《わがら》の家《いへ》に誇るべき祖先なきを、
私有する一尺の土地も無きを、
遊惰《いうだ》の日を送る財《さい》も無きを。
君達はまた知れかし、
我等――親も子も――
行手《ゆくて》には悲痛の森、
寂寞《せきばく》の路《みち》、
その避けがたきことを。
親として
人の身にして己《おの》が児《こ》を
愛することは天地《あめつち》の
成しのままなる心なり。
けものも、鳥も、物|云《い》はぬ
木さへ、草さへ、おのづから
雛《ひな》と種《たね》とをはぐくみぬ。
児等《こら》に食《は》ません欲なくば
人はおほかた怠《おこた》らん。
児等《こら》の栄えを思はずば
人は其《その》身を慎まじ。
児《こ》の美《うつ》くしさ素直さに
すべての親は浄《きよ》まりぬ。
さても悲しや、今の世は
働く能《のう》を持ちながら、
職に離るる親多し。
いとしき心余れども
児《こ》を養はんこと難《がた》し。
如何《いか》にすべきぞ、人に問ふ。
正月
正月を、わたしは
元日《ぐわんじつ》から月末《つきずゑ》まで
大なまけになまけてゐる。
勿論《もちろん》遊ぶことは骨が折れぬ、
けれど、外《ほか》から思ふほど
決して、決して、おもしろくはない。
わたしはあの鼠色《ねずみいろ》の雲だ、
晴れた空に
重苦しく停《とゞま》つて、
陰鬱《いんうつ》な心を見せて居る雲だ。
わたしは断《た》えず動きたい、
何《なに》かをしたい、
さうでなければ、この家《いへ》の
大勢が皆飢ゑねばならぬ。
わたしはいらいらする。
それでゐて何《なに》も手に附《つ》かない、
人知れず廻る
なまけぐせの毒酒《どくしゆ》に
ああ、わたしは中《あ》てられた。
今日《けふ》こそは何《なに》かしようと思ふばかりで、
わたしは毎日
つくねんと原稿|紙《し》を見詰めてゐる。
もう、わたしの上に
春の日は射《さ》さないのか、
春の鳥は啼《な》かないのか。
わたしの内《うち》の火は消えたか。
あのじつと涙を呑《の》むやうな
鼠色《ねずみいろ》の雲よ、
そなたも泣きたかろ、泣きたか
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