こら》を抱《いだ》かず。
晶子の幻《まぼろし》に見るは、ヅアラツストラの
黒き巨像の上げたる右の手なり。
紅い夢
茜《あかね》と云《い》ふ草の葉を搾《しぼ》れば
臙脂《べに》はいつでも採《と》れるとばかり
わたしは今日《けふ》まで思つてゐた。
鉱物からも、虫からも
立派な臙脂《べに》は採《と》れるのに。
そんな事はどうでもよい、
わたしは大事の大事を忘れてた、
夢からも、
わたしのよく見る夢からも、
こんなに真赤《まつか》な臙脂《べに》の採《と》れるのを。
アウギユスト
アウギユスト、アウギユスト、
わたしの五歳《いつつ》になるアウギユスト、
おまへこそは「真実」の典型。
おまへが両手を拡げて
自然にする身振の一つでも、
わたしは、どうして、
わたしの言葉に訳すことが出来よう。
わたしは唯《た》だ
ほれぼれと其《そ》れを眺めるだけですよ、
喜んで目を見張るだけですよ。
アウギユスト、アウギユスト、
母の粗末な芸術なんかが
ああ、何《なん》にならう。
私はおまへに由《よ》つて知ることが出来た。
真実の彫刻を、
真実の歌を、
真実の音楽を、
そして真実の愛を。
おまへは一瞬ごとに
神変《しんぺん》不思議を示し、
玲瓏《れいろう》円転として踊り廻る。
産室《うぶや》の夜明《よあけ》
硝子《ガラス》の外《そと》のあけぼのは
青白《あおしろ》き繭《まゆ》のここち……
今|一《ひと》すぢ仄《ほの》かに
音せぬ枝珊瑚《えださんご》の光を引きて、
わが産室《うぶや》の壁を匍《は》ふものあり。
と見れば、嬉《うれ》し、
初冬《はつふゆ》のかよわなる
日の蝶《てふ》の出《い》づるなり。[#「なり。」は底本では「なり、」]
ここに在るは、
八《や》たび死より逃れて還《かへ》れる女――
青ざめし女われと、
生れて五日《いつか》目なる
我が藪椿《やぶつばき》の堅き蕾《つぼみ》なす娘エレンヌと
一瓶《いちびん》の薔薇《ばら》と、
さて初恋の如《ごと》く含羞《はにか》める
うす桃色の日の蝶《てふ》と……
静かに清清《すがすが》しき曙《あけぼの》かな。
尊《たふと》くなつかしき日よ、われは今、
戦ひに傷つきたる者の如《ごと》く
疲れて低く横たはりぬ。
されど、わが新しき感激は
拝日《はいにち》教徒の信の如《ごと》し、
わがさしのぶる諸手《もろで》を受けよ
前へ
次へ
全125ページ中20ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
与謝野 晶子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング