が消える、武蔵野の
砂を吹きまく風の中、
人も荷馬車も風の中。
すべてが消える、金《きん》の輪の
太陽までが風の中。
    ×
花を抱きつつをののきぬ、
花はこころに被《かぶ》さりぬ。
論じたまふな、善《よ》き、悪《あ》しき、
何《なに》か此《この》世に分《わか》つべき。
花と我とはかがやきぬ。
    ×
凡骨《ぼんこつ》さんの大事がる
薄い細身の鉄の鑿《のみ》。
髪に触れても刄《は》の欠ける
もろい鑿《のみ》ゆゑ大事がる。
わたしも同じもろい鑿《のみ》。
    ×
林檎《りんご》が腐る、香《か》を放つ、
冷たい香《か》ゆゑ堪《た》へられぬ。
林檎《りんご》が腐る、人は死ぬ、
最後の文《ふみ》が人を打つ、
わたしは君を悲《かなし》まぬ。
    ×
いつもわたしのむらごころ、
真紅《しんく》の薔薇《ばら》を摘むこころ、
雪を素足で踏むこころ、
青い沖をば行《ゆ》くこころ、
切れた絃《いと》をばつぐこころ。
    ×
韻がひびかぬ、死んでゐる、
それで頻《しき》りに書いてみる。
皆さんの愚痴、おのが無智、
誰《た》れが覗《のぞ》いた垣の中《うち》、
戸は立てられぬ人の口。
    ×
泥の郊外、雨が降る、
濡《ぬ》れた竈《かまど》に木がいぶる、
踏切番が旗を振る、
ぼうぼうとした草の中
屑屋《くづや》も買はぬ人の故《ふる》。
    ×
指のさはりのやはらかな
青い煙の匂《にほ》やかな、
好きな細巻、名はDIANA《デイアナ》。
命の闇《やみ》に火をつけて、
光る刹那《せつな》の夢の華。
    ×
青い空から鳥がくる、
野辺《のべ》のけしきは既に春、
細い枝にも花がある。
遠い高嶺《たかね》と我がこころ
すこしの雪がまだ残る。
    ×
槌《つち》を上げる手、鍬《くは》打つ手、
扇を持つ手、筆とる手、
炭をつかむ手、児《こ》を抱く手、
かげに隠れて唯《た》だひとつ
見えぬは天をゆびさす手。
    ×
高い木末《こずゑ》に葉が落ちて
あらはに見える、小鳥の巣。
鳥は飛び去り、冬が来て、
風が吹きまく砂つぶて。
ひろい野中《のなか》の小鳥の巣。
    ×
人は黒黒《くろぐろ》ぬり消せど
すかして見える底の金《きん》。
時の言葉は隔《へだ》つれど
冴《さ》ゆるは歌の金《きん》の韻。
ままよ、暫《しばら》く隅《すみ》に居ん。
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いつか大きくなるままに
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