》の魚《さかな》が。
けれど、鉤《はり》を離すと、直《す》ぐ、
どの魚《うを》もみんな死《あが》つてしまふ。
わたしの釣らうとするのは
こんなんぢやない、決して。
わたしは知つてゐる、わたしの船が
だんだんと沖へ流れてゆくことを、
そして海がだんだんと
深く険《けは》しくなつてゆくことを。
そして、わたしの欲《ほ》しいと思ふ
不思議な命の魚《うを》は
どうやら、わたしの糸のとどかない
底の底を泳いでゐる。
わたしは夜明《よあけ》までに
是非とも其魚《そのうを》が釣りたい。
もう糸では間《ま》に合はぬ、
わたしは身を跳《をど》らして掴《つか》まう。
あれ、見知らぬ船が通る……
わたしは慄《おのゝ》く……
もしや、あの船が先《さ》きに
底の人魚を釣つたのぢやないか。
灰色の一路
ああ我等は貧し。
貧しきは
身に病《やまひ》ある人の如《ごと》く、
隠れし罪ある人の如《ごと》く、
また遠く流浪《るろう》する人の如《ごと》く、
常に怖《おび》え、
常に安《やす》からず、
常に心寒《こゝろさむ》し。
また、貧しきは
常に身を卑《ひく》くし、
常に力を売り、
常に他人と物の
駄獣《だじう》および器械となり、
常に僻《ひが》み、
常に呟《つぶや》く。
常に苦《くるし》み、
常に疲れ、
常に死に隣りし、
常に耻《はぢ》と、恨みと、
常に不眠と飢《うゑ》と、
常にさもしき欲と、
常に劇《はげ》しき労働と、
常に涙とを繰返す。
ああ我等、
是《こ》れを突破する日は何時《いつ》ぞ、
恐らくは生《せい》のあなた、
死の時ならでは……
されど我等は唯《た》だ行《ゆ》く、
この灰色の一路《いちろ》を。
厭な日
こんな日がある。厭《いや》な日だ。
わたしは唯《た》だ一つの物として
地上に置かれてあるばかり、
何《な》んの力もない、
何《な》んの自由もない、
何《な》んの思想もない。
なんだか云《い》つてみたく、
なんだか動いてみたいと感じながら、
鳥の居ない籠《かご》のやうに
わたしは全《まつた》く空虚《から》である。
あの希望はどうした、
あの思出《おもひで》はどうした。
手持|不沙汰《ぶさた》でゐるわたしを
人は呑気《のんき》らしくも見て取らう、
また好《い》いやうに解釈して
浮世ばなれがしたとも云《い》ふであろ、
口の悪《わ》るい、噂《うはさ》
前へ
次へ
全125ページ中109ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
与謝野 晶子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング