べて大切な自分の「時《とき》」を知つてゐる。
どんな危険も、どんな冒険も此処《ここ》にある。
どんな鋭音《ソプラノ》も、どんな騒音も此処《ここ》にある、
どんな期待も、どんな昂奮《かうふん》も、どんな痙攣《けいれん》も、
どんな接吻《せつぷん》も、どんな告別《アデイユ》も此処《ここ》にある。
どんな異国の珍しい酒、果物、煙草《たばこ》、香料、
麻、絹布《けんふ》、毛織物、
また書物、新聞、美術品、郵便物も此処《ここ》にある。
此処《ここ》では何《なに》もかも全身の気息《いき》のつまるやうな、
全身の筋《すぢ》のはちきれるやうな、
全身の血の蒸発するやうな、
鋭い、忙《せは》しい、白※[#「執/れっか」、259−下−1]《はくねつ》の肉感の歓びに満ちてゐる。
どうして少しの隙《すき》や猶予があらう、
あつけらかんと眺めてゐる休息があらう、
乗り遅れたからと云《い》つて誰《だれ》が気の毒がらう。
此処《ここ》では皆の人が唯《た》だ自分の行先《ゆくさき》ばかりを考へる。
此処《ここ》へ出入《でい》りする人人《ひとびと》は
男も女も皆選ばれて来た優者《いうしや》の風《ふう》があり、
額《ひたひ》がしつとりと汗ばんで、
光を睨《にら》み返すやうな目附《めつき》をして、
口は歌ふ前のやうにきゆつと緊《しま》り、
肩と胸が張つて、
腰から足の先までは
きやしやな、しかも堅固な植物の幹が歩《あ》るいてゐるやうである。
みんなの神経は苛苛《いらいら》としてゐるけれど、
みんなの意志は悠揚《いうやう》として、
鉄の軸のやうに正しく動いてゐる。
みんながどの刹那《せつな》をも空《むな》しくせずに
ほんとうに生きてる人達だ、ほんとうに動いてゐる人達だ。
あれ、巨象《マンモス》[#ルビの「マンモス」は底本では「モンマス」]のやうな大機関車を先《さ》きにして、
どの汽車よりも大きな地響《ぢひゞき》を立てて、
ウラジホストツクからブリユツセルまでを、
十二日間で突破する、
ノオル・デキスプレスの最大急行列車が入《はひ》つて来た。
怖《おそ》ろしい威厳を持つた機関車は
今、世界の凡《すべ》ての機関車を圧倒するやうにして駐《とま》つた。
ああ、わたしも是《こ》れに乗つて来たんだ、
ああ、またわたしも是《こ》れに乗つて行《ゆ》くんだ。


    和蘭陀の秋

秋の日が――
旅人の身につまされやすい

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