ませう。」

巴里《パリイ》から来た三人《さんにん》の
胸は俄《には》かにときめいた。
アカシヤの樹《き》のつづく路《みち》。


    飛行機

空をかき裂《さ》く羽《はね》の音……
今日《けふ》も飛行機が漕《こ》いで来る。
巴里《パリイ》の上を一《ひと》すぢに、
モンマルトルへ漕《こ》いで来る。

ちよいと望遠鏡をわたしにも……
一人《ひとり》は女です……笑つてる……
アカシアの枝が邪魔になる……

[#1行アキは底本ではなし]何処《どこ》へ行《ゆ》くのか知らねども、
毎日飛べば大空の
青い眺めも寂《さび》しかろ。

かき消えて行《ゆ》く飛行機の
夏の日中《ひなか》の羽《はね》の音……


    モンマルトルの宿にて

あれ、あれ、通る、飛行機が、
今日《けふ》も巴里《パリイ》をすぢかひに、
風切る音をふるはせて、
身軽なこなし、高高《たかだか》と
羽《はね》をひろげたよい形《かたち》。

オペラ眼鏡《グラス》を目にあてて、
空を踏まへた胆太《きもぶと》の
若い乗手《のりて》を見上ぐれば、
少し捻《ひね》つた機体から
きらと反射の金《きん》が散る。

若い乗手《のりて》のいさましさ、
後ろを見捨て、死を忘れ。
片時《かたどき》やまぬ新らしい
力となつて飛んで行《ゆ》く、
前へ、未来へ、ましぐらに。


    暗殺酒鋪《キヤバレエ・ダツサツサン》
[#地から3字上げ](巴里モンマルトルにて)

閾《しきゐ》を内へ跨《また》ぐとき、
墓窟《カバウ》の口を踏むやうな
暗い怖《おび》えが身に迫る。

煙草《たばこ》のけぶり、人いきれ、
酒類《しゆるゐ》の匂《にほ》ひ、灯《ひ》の明《あか》り、
黒と桃色、黄と青と……

あれ、はたはたと手の音が
きもの姿に帽を著《き》た
わたしを迎へて爆《は》ぜ裂ける。

鬼のむれかと想《おも》はれる
人の塊《かたまり》、そこ、かしこ。
もやもや曇る狭い室《しつ》。
    ×
淡い眩暈《めまひ》のするままに
君が腕《かひな》を軽く取り、
物|珍《めづ》らしくさし覗《のぞ》く
知らぬ人等《ひとら》に会釈して、
扇で半《なか》ば頬《ほ》を隠し、
わたしは其処《そこ》に掛けてゐた。

ボウドレエルに似た像が
荒い苦悶《くもん》を食ひしばり、
手を後ろ手《で》に縛られて
煤《すゝ》びた壁に吊《つる》された、
その足もとの横長い
粗木《あら
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