自分は此処《ここ》へ二度来る。
この前来た時は
いろんな車に轢《ひ》き殺され相《さう》で、
怖《こは》くて、
広場を横断する勇気が無かつた。
そして輻《ふく》になつた路《みち》を一つ一つ越えて、
モンソオ公園へ行《ゆ》く路《みち》の
アヴニウ・ウツスの入口《いりくち》を見附《みつ》ける為《た》めに、
広場の円の端を
長い間ぐるぐると歩《あ》るいてゐた。
どうした気持のせいでか、
アヴニウ・ウツスの入口《いりくち》を見附《みつ》け損《そこな》つたので、
凱旋門《がいせんもん》を中心に
二度も三度も広場の円の端を
馬鹿《ばか》らしく歩《あ》るき廻つてゐるのであつた。
けれど今日《けふ》は用意がある。
わたしは地図を研究して来てゐる。
今日《けふ》わたしの行《ゆ》くのは
バルザツク街《まち》の裁縫師《タイユウル》の家《いへ》だ。
バルザツク街《まち》へ出るには、
この広場を前へ
真直《まつすぐ》に横断すればいいのである。
わたしは斯《か》う思つたが、併《しか》し、
真直《まつすぐ》に広場を横断するには
縦横《じゆうわう》に絶間《たえま》無く馳《は》せちがふ
速度の速い、いろんな車が怖《こは》くてならぬ。
広場へ出るが最期
二三歩で
轢《ひ》き倒されて傷をするか、
轢《ひ》き殺されてしまふかするであらう……
この時、わたしに、突然、
何《なん》とも言ひやうのない
叡智と威力とが内《うち》から湧《わ》いて、
わたしの全身を生きた鋼鉄の人にした。
そして日傘《パラソル》と嚢《サツク》とを提《さ》げたわたしは
決然として、馬車、自動車、
乗合馬車、乗合自動車の渦の中を真直《まつすぐ》に横ぎり、
あわてず、走らず、
逡巡《しゆんじゆん》せずに進んだ。
それは仏蘭西《フランス》の男女の歩《あ》るくが如《ごと》くに歩《あ》るいたのであつた。
そして、わたしは、
わたしが斯《か》うして悠悠《いういう》と歩《あ》るけば、
速度の疾《はや》いいろんな怖《おそ》ろしい車が
却《かへ》つて、わたしの左右に
わたしを愛して停《とゞ》まるものであることを知つた。
わたしは新しい喜悦に胸を跳《をど》らせながら、
斜めにバルザツク街《まち》へ入《はひ》つて行つた。
そして裁縫師《タイユウル》の家《いへ》では
午後二時の約束通り、
わたしの繻子《しゆす》のロオヴの仮縫《かりぬひ》を終つて
若い主人
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