君が越えたる浪形《なみがた》に
流れて落ちるわが涙。
さは云《い》へ、女のたのしみは、
わが繍《ぬ》ふ罌粟《けし》の「夢」にさへ
花をば揺する風に似て、
君が気息《いき》こそ通《かよ》ふなれ。
旅に立つ
いざ、天《てん》の日は我がために
金《きん》の車をきしらせよ。
颶風《あらし》の羽《はね》は東より
いざ、こころよく我を追へ。
黄泉《よみ》の底まで、泣きながら、
頼む男を尋ねたる
その昔にもえや劣る。
女の恋のせつなさよ。
晶子や物に狂ふらん、
燃ゆる我が火を抱きながら、
天《あま》がけりゆく、西へ行《ゆ》く、
巴里《パリイ》の君へ逢《あ》ひに行《ゆ》く。
[#地から4字上げ](一九一二年五月作)
子等に
あはれならずや、その雛《ひな》を
荒巌《あらいは》の上の巣に遺《のこ》し、
恋しき兄鷹《せう》を尋ねんと、
颶風《あらし》の空に下《お》りながら、
雛《ひな》の啼《な》く音《ね》にためらへる
若き女鷹《めだか》の若《も》しあらば。――
それは窶《やつ》れて遠く行《ゆ》く
今日《けふ》の門出の我が心。
いとしき児《こ》らよ、ゆるせかし、
しばし待てかし、若き日を
猶《なほ》夢を見るこの母は
汝《な》が父をこそ頼むなれ。
巴里より葉書の上に
巴里《パリイ》に著《つ》いた三日目に
大きい真赤《まつか》な芍薬《しやくやく》を
帽の飾りに附《つ》けました。
こんな事して身の末《すゑ》が
どうなるやらと言ひながら。
エトワアルの広場
土から俄《には》かに
孵化《ふくわ》して出た蛾《が》のやうに、
わたしは突然、
地下電車《メトロ》から地上へ匐《は》ひ上がる。
大きな凱旋門《がいせんもん》がまんなかに立つてゐる。
それを繞《めぐ》つて
マロニエの並木が明るい緑を盛上げ、
そして人間と、自動車と、乗合馬車と、
乗合自動車との点と塊《マツス》が
命ある物の
整然とした混乱と
自主独立の進行とを、
断間《たえま》無しに
八方《はつぱう》の街から繰出し、
此処《ここ》を縦横《じゆうわう》[#ルビの「じゆうわう」は底本では「じうわう」]に縫つて、
断間《たえま》無しに
八方《はつぱう》の街へ繰込んでゐる。
おお、此処《ここ》は偉大なエトワアルの広場……
わたしは思はずじつと立ち竦《すく》む。
わたしは思つた、――
これで
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