揺《ゆす》れる
細い緑の若竹《わかたけ》のやうに。
今夜、私の心に詩がある。
私はじつと其《その》詩を抑《おさ》へる。
魚《さかな》はいよいよ跳《は》ねる。
月はいよいよ奔《はし》る。
竹はいよいよ揺《ゆす》れる。
苦しい此時《このとき》、
楽しい此時《このとき》。
蜂
夕立の風
軒《のき》の簾《すだれ》を動かし、
部屋の内《うち》暗くなりて
片時《かたとき》涼しければ、
我は物を書きさし、
空を見上げて、雨を聴きぬ。
書きさせる紙の上に
何時《いつ》しか来《きた》りし蜂《はち》一つ。
よき姿の蜂《はち》よ、
腰の細さ糸に似て、
身に塗れる金《きん》は
何《なに》の花粉よりか成れる。
好《よ》し、我が文字の上を
蜂《はち》の匍《は》ふに任せん。
わが匂《にほ》ひなき歌は
素枯《すが》れし花に等し、
せめて弥生《やよひ》の名残《なごり》を求めて
蜂《はち》の匍《は》ふに任せん。
わが庭
おお咲いた、ダリヤの花が咲いた、
明るい朱《しゆ》に、紫に、冴《さ》えた黄金《きん》に。
破れた障子をすつかりお開《あ》け、
思ひがけない幸福《しあはせ》が来たやうに。
黒ずんだ緑に、灰がかつた青、
陰気な常盤木《ときはぎ》ばかりが立て込んで
春と云《い》ふ日を知らなんだ庭へ、
永い冬から一足《いつそく》飛びに夏が来た。
それも遅れて七月に。
まあ、うれしい、
ダリヤよ、
わたしは思はず両手をおまへに差延べる。
この開《ひら》いて尖《とが》つた白い指を
何《なん》と見る、ダリヤよ。
しかし、もう、わたしの目には
ダリヤもない、指もない、
唯《た》だ光と、※[#「執/れっか」、205−上−3]《ねつ》と、匂《にほ》ひと、楽欲《げうよく》とに
眩暈《めまひ》して慄《ふる》へた
わたしの心の花の象《ざう》があるばかり。
夏の朝
どこかの屋根へ早くから
群れて集《あつま》り、かあ、かあと
啼《な》いた鴉《からす》に目が覚めて、
透《すか》して見れば蚊帳《かや》ごしに
もう戸の外《そと》は白《しら》んでる。
細い雨戸を開《あ》けたれば、
脹《は》れぼつたいやうな目遣《めづか》ひの
鴨頭草《つきくさ》の花咲きみだれ、
荒れた庭とも云《い》ふばかり
しつとり青い露がおく。
日本の夏の朝らしい
このひと時の涼しさは、
人まで、身まで、骨までも
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