《いち》から図を引け、
トタンと荒木《あらき》の柱との間《あひだ》に、
汗と破格の歌とを以《もつ》て
かんかんと槌《つち》の音を響かせよ。
法外な幻想に、
愛と、真実と、労働と、
科学とを織り交ぜよ。
古臭い優美と泣虫とを捨てよ、
歴史的哲学と、資本主義と、
性別と、階級別とを超えた所に、
我我は皆自己を試さう。
新しく生きる者に
日は常に元日《ぐわんじつ》、
時は常に春。
百の禍《わざはひ》も何《なに》ぞ、
千の戦《たゝかひ》で勝たう。
おお窓毎《まどごと》に裸の太陽、
軒毎《のきごと》に雪の解けるしづく。
元朝の富士
今、一千九百十九年の
最初の太陽が昇る。
美《うつ》くしいパステルの
粉《こな》絵具に似た、
浅緑《あさみどり》と淡黄《うすき》と
菫《すみれ》いろとの
透《す》きとほりつつ降り注ぐ
静かなる暁《あかつき》の光の中、
東の空の一端に、
天をつんざく
珊瑚紅《さんごこう》の熔岩《ラ※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]》――
新しい世界の噴火……
わたしは此時《このとき》、
新しい目を逸《そら》さうとして、
思はずも見た、
おお、彼処《かしこ》にある、
巨大なダンテの半面像《シルエツト》が、
巍然《ぎぜん》として、天の半《なかば》に。
それはバルジエロの壁に描《か》かれた
青い冠《かんむり》に赤い上衣《うはぎ》、
細面《ほそおもて》に
凛凛《りゝ》しい上目《うはめ》づかひの
若き日の詩人と同じ姿である。
あれ、あれ、「新生」のダンテが
その優《やさ》しく気高《けだか》い顔を
一《いつ》ぱいに紅《あか》くして微笑《ほゝゑ》む。
人人《ひとびと》よ、戦後の第一年に、
わたしと同じ不思議が見たくば、
いざ仰《あふ》げ、共に、
朱《しゆ》に染まる今朝《けさ》の富士を。
伊豆の海岸にて
石垣の上に細路《ほそみち》、
そして、また、上に石垣、
磯《いそ》の潮で
千年の「時」が磨減《すりへ》らした
大きな円石《まろいし》を
層層《そうそう》と積み重ねた石垣。
どの石垣の間《あひだ》からも
椿《つばき》の木が生《は》えてゐる。
琅※[#「王+干」、第3水準1−87−83]《らうかん》のやうな白い幹、
青銅のやうに光る葉、
小柄な支那《しな》の貴女《きぢよ》が
笑つた口のやうな紅《あか》い花。
石垣の崩れた処《ところ》には
山
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