来てまたも遊ばん、
夫子《せこ》と居て常に歌はん、
飽くことを知らぬ心に
かくさへも願ふなりけり。
ましてまた松川の奥、
紅葉する渓の深さよ。
小舟《をぶね》をば野尻に浮べ、
いで湯をば野沢に浴びて、
霧を愛で、月をよろこび、
日を経ればいよいよ楽し。
往きかへり、千曲《ちくま》の川の
橋こえて打見わたせば、
とりどりに五つの峰の
晴わたる雲を帯ぶるも、
云ひ古りし常の言葉に
讃ふべきすべの無きかな。
旅の身はあはれと歎き、
唯だ暫し見てこそ過ぐれ。
羨まし、この国の人
常に見てこころ足るらん。
言《こと》を寄す、その人人よ、
今の世の都に染まぬ
新しく清き歌あれ、
この山と水に合せて
美しく高き歌あれ、
なつかしく光りたる国
北の信濃に。


  小鳥の巣(押韻小曲)

蔭にわたしを立てながら、
優しく物を云ひ掛ける。
もう落葉した路の楢。
楢とわたしは目で語る、
風が聴かうと覗くから。
   ×
杉にからんだ蔓を攀ぢ、
秋の夕日が食べてゐる、
山の葡萄の朱の紅葉《もみぢ》。
ちぎれて低く駆けて来る
雲は二三の野の羊。
   ×
わたしを何処へ捨てたのか、
とんと思ひがまとまらぬ。

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